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養魚秘録『海を拓く安戸池』(36)~飼育~

野網 和三郎 著

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(36)~飼育~

 飼育上の変遷も、安戸池創業当時よりは、いくぶんかの変化を見ているが、それは魚体の大小によってその取扱い方法が変っているという程度で、他にそう変りはないが、現在においては、栄養剤、薬物などが摺餌に混入せられ、歩留り率と健全な稚魚飼育への努力が払われている。

  昭和初年の頃は、すでに四〇グラムから五〇グラムに達している稚魚の飼育であるから、摺り餌の必要もなく、細切したものを与えて十分であったが、この稿の初めにも触れているが、浜島方面で釣獲されていたものを、収集して種魚としていた関係上、魚体の傷み、死亡率が非常に高く、ために二年後には、これを網どりに切りかえ指導して、現在のような稚魚採捕の方法となったのである。網どりとなってくると、四〇~五〇グラムと成長したものになると、小型巻網での漁獲は無理で、必然的に小型の稚魚を捕獲することにならざるを得ない事になって、稚魚の稿でも言ったように、それが度を越したものとなって、二~三センチの矮小なものまでも採捕することになって、死滅せしむる数が多く、資源の消耗を敢てするような結果を招いていることで、赤茶色の人工餌につき難い時代は、再度藻に返してやるように希望したのであるが、このことについては、まだ誰しも提唱していないところから敢て申したことで、体色に青味を帯びてきた程度のものなれば、現在においては栄養素も研究が進められており、注意深く飼育すれば、完全歩留りするものと思われるのである。

  飼育についての要綱というものを、私の経験から申してみると、次の点に要約されるということである。漁場に運びこまれてきたモジャコは、早速大中小の三段階以上に撰別することが、最も大切な処理ということである。

  よく聞かれることであるが、航海をして疲労しているから、網目ケンドの撰別をやれば、なお魚を傷めることになるので、少し餌付けをして、元気を回復してからにしよう…と、一応は誰しも、そんなふうな考えをおこすものであるが、網どりされたモジャコは、野性そのままの状態であるため、共食いがまず第一番に始まり、ために大魚は、中から小へと、手当り次第に追い廻し、後日撰別して区分けされても、人工餌を好まず小割網の中でも、共食いの機会を覗う習慣をつくることになり、また中、小魚に至っては、餌付きどころのものではなく、たえず戦々恐々としているために、疲労、傷みの度合は増加されてゆくことになり、また食害されるものが、日増しに多くなるので、歩留率の悪化と、栄養失調の原因ともなって、後でこんなはずではなかった、も少し数があったはずだ、ということになりかねないのである。

  そうした心配をなくするためにも、漁場から帰港し、小割生簀に移す場合、用意した網目ケンドをしながら、それぞれ用意された小割網に大、中、小と撰別すれば、後の煩雑さもさけられ、稚魚の食害もなく、安心して人工餌につけることが出来、よって栄養失調といったものを防ぐ結果ともなることを察知されたい。飼育上、歩留り、成長率を高めるためには枠内の魚体は平均したもの、つまり同大魚が最も好ましく、摂餌も平均して、好結果をもたらすところから、選別は出来れば四、五種類までに、手が届けば申分はないので人間に例をとって見ても、幼稚園から一年生、二、三、四、五、六年生と、同じ子供でも、体駆、能力、運動ともそれぞれ差があり、教育する上にも区別することが効果的で所期の目的が達せられるように、これを混合した教育の形では、その反対のものしか得られないのであって、魚の飼育もこの現象につながるものであることは、容易に察しがつくと思われる。故に飼育上まず第一に心すべきは選別で、それが、完全に行われて後、完全な管理が必要となってくることで、それは魚の成長につれて、小割網の網目の大小の交換をおざなりにしないことで、大きくなっている稚魚に、細目の網を何時までも使って、水の交流を防ぎ、よごれを早めることにより、摂餌も減少し生長を阻害し、ひいては病気を引きおこす原因にもなってくることである。魚体が大きくなればなるほど運動量も大となり、酸素の必要量も増してくる。

投餌も大切な養魚技術

  餌料も多くとる、魚糞も、炭酸瓦斯の発生も多くなってくるところから、それに適合する網目に変更するということで、なお今まで一個の小割で飼育していたものを、これを二個に分割することがすぐその後に迫っていることも大切な事で、往々にしてよく見かけることであるが、小さな小割網で、沢山の稚魚を入れ、何の経験もないような者に、投餌をさせて、投げた餌の半量以上が、沈下しているのを平然と見過している事で、これは最も不経済であり、また危険といわねばならない。枠内の水を濁し魚の摂餌をさまたげるばかりでなく、呼吸を困難にし、窒息死さえ超す原因ともなるからで、倭少なモジャコの頃には、特に経験豊かな、辛棒強い真面目な者を、これに当てるべきで、餌やり位は誰にでも出来るという考え方は、最も危険であると言わねばならない。時間が過ぎれば、日が暮れればよい、といった不真面目者には、まかせるべきでなく、大切な仕事であり成功不成功の鍵を握る、苗を仕立てる最も難かしい仕事であるだけに、経営者は特に留意しておく必要がある。

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