デジタルレポート 養殖ブリ2021
ブリは日本で養殖される魚の中で最も生産量が多く、輸出額は日本の水産物の中でホタテガイ、真珠に次ぐ規模です。養殖業者にとっても、養殖魚の加工・流通業者にとっても極めて重要な魚種と言えるでしょう。
みなと山口合同新聞社(本社・山口県下関市)が刊行する日刊水産専門紙「みなと新聞」には、養殖ブリに関する問い合わせをしばしばいただきます。それは「養殖ブリの生産量を教えてほしい」というデータに関する照会だったり、「養殖生産のサイクルはどうなっているのか」といった事業内容に関するご質問だったりします。
たとえば、養殖生産量なら農林水産省の統計などがあるわけですが、まったく基礎知識のない状態で政府統計から必要な情報を抜きだして整理するのはそれなりの時間と労力がかかります。また、養殖ブリの生産サイクルひとつとっても、人工種苗の登場などで複雑化しており、ビジネスで必要な情報をインターネットから集めるのは至難の業かもしれません。
これからは企業が主体となった養殖も増えるだろうと考えると、ここでブリ養殖ビジネスに必要な基礎的知見や各種データを整理し、養殖から流通・加工・輸出までの流れを専門知識のない方にもわかるよう解説することで、皆さまのお役に立てるのでは、と考えました。
本レポートは実際にビジネスでお使いいただくシーンを念頭に置き、水産の専門記者が業界の実態をできるだけやさしく解説しました。業界をリードしてきた主要プレーヤーの固有名詞も、可能な限り記載しています。
養殖生産量、輸出量などの政府統計だけでなく、みなと新聞が独自に収集してきた鹿児島産養殖ブリの産地価格の推移、養殖ブリ類の主なブランド一覧など、オリジナルデータも多数収録しました。
年々拡大している韓国の日本産ブリ輸入について、韓国の輸入実績(日本からみれば輸出実績)のデータと解説を掲載しました。また、欧州、豪州など世界で生産が拡大しているブリの仲間・ヒラマサの養殖実態について、具体的な企業名や生産量・生産計画などを挙げながら、解説しています。
日々養殖ブリビジネスに携わっていらっしゃる方はもちろん、
これから養殖魚の販売に力を入れたいので、生産や取引の流れを知りたい
養殖ブリ担当になったので、基本的な知識や最近の状況を勉強したい
新入社員研修で使うブリ養殖の資料がほしい
ブリ養殖へ新規参入を考えているので、必要な情報を短期間に収集したい
地元の基幹産業であるブリ養殖振興のため、情報を集めたい
といった方々のニーズにも対応しております。
このレポートが、ブリ養殖ビジネスに携わる方々、それをサポートしている方々のお役に立てば、幸いです。
2021年10月30日
みなと新聞
序章
地域によって多様な呼び名
ブリは日本近海の固有種で、大きくなるにつれて呼び名が変わる縁起の良い「出世魚」と称され、ブリに成長するまでの名前は地域によって異なる。
関西ではツバス(全長おおむね35センチ以下)→ハマチ(35~60センチ)→メジロ(60~80センチ)→ブリ(80センチ以上)と変わり、関東ではワカシ(35センチ以下)→イナダ(35~60センチ)→ワラサ(60~80センチ)→ブリ(80センチ以上)となっていく。ほかにも北陸ではフクラギ(35~60センチ)やガンド(60~80センチ)、九州ではヤズ(35~60センチ)など、地域ごとに独自の呼び名がある。一方、養殖物は4~5キロ以上をブリ、4キロ未満をハマチと区別したり、養殖ブリ全てをハマチと呼んだりするケースがある。
ブリ養殖のはじまり
ブリ養殖のスタートは90年以上前にさかのぼり、日本の海面での魚類養殖業の中で最も古い。発祥は1928(昭和3)年に香川県引田町(現東かがわ市)の安戸池で行われたハマチ養殖とされる。野網和三郎氏がハマチの養殖に挑戦。試行錯誤を繰り返し、事業化に成功した。
野網氏が安戸池の一部を綿網で仕切り、海水魚の試験養殖に乗り出したのは1927(昭和2)年、養殖に成功したのは翌1928(昭和3)年だ。みなと新聞社(現・みなと山口合同新聞社)が1969年に刊行した「養魚秘録 海を拓く安戸池」(野網和三郎氏著)は、1928年に初めてハマチ養殖に成功した時の様子を野網氏自身が詳述している。
少し長いが、以下、引用する。なお、漢字仮名づかいは原文のままとする。
「小鯛(カンパチ)、大鯛を放流した区画を更に大きく拡大して約三万坪の大区画が出来上ったのは六月中旬であった。この区画の中には四隻の漁船をけい留しているのであるが、船主との充分の交渉を経て了解を得たのである。海況もよく自然の海と何等変わることがなく潮の流れも良好であった。
鯛の当才魚の放流は八月から九月以降にかけてである。大謀網で七月上、中旬にとれるハマチの稚魚とカンパチを放流したのであった。先ず最初は六〇〇尾余の十センチあまりのハマチ稚魚が網にかかったのである。最初の失敗にこりて、取扱い運搬には特に気をつけ一尾も粗末にはしなかった。面積の広い関係か容易に姿が見られなかったのであるが、五日目頃からはポツポツ餌船に近よってくるようになり、中には雑魚のみじん切りの餌をパクつくようになったのである。
学校(編注・三重県志摩の水産学校)当時の小割網のカツオの餌イワシの中のサバの子やハマチの子を想起し空腹になれば必ず餌づくものと辛抱強く餌つけしたのが報いられたのであった。このことを父に伝えると小躍りして喜んだのである。父はその後毎日のように池に来るようになり、大謀網にかかるものは一尾からでも生かしておき、なお網の従業員には潮待ち時間に生き餌で釣らせて、一尾五銭で買いとるという位で身の入れかたは大変なものであった。初めのうちは船の遠くでポツポツ餌付いていたものが、次第に近より、船べりまでくるようになり、遂には手に持った餌までパクつくといった慣れっぷりにまでなった。
『海の魚がこんなに慣れる!』しかも死に餌である。奇跡としか思えない。父と私は顔を見合わせ不思議がると同時に力強い喜びに時のたつのも忘れた程であった」(「ハマチの試育」の章より引用)
第1章 生産量
日本で最も多く養殖される魚
ブリは日本で最も多く養殖されている魚類。2020年の国内海面養殖魚類の生産量は24万8900トンで、うちブリ類は13万7100トン(ブリ10万8900トン、カンパチ2万4800トン、ヒラマサ3400トン)を占める。生産量は天然ブリ類の漁獲量(2020年は10万5200トン)を上回っている。なお、2019年の生産金額は1287億7500万円。
養殖ブリの主産地は、三重県以西で九州、四国地方がほぼ全てを占める。10年以上、日本一の生産量を誇るのが鹿児島県で2020年は2万8600トン。2位の大分県が1万7900トン、3位の愛媛県が1万7100トンと続く。市町村ベースでは鹿児島県長島町、同県垂水市、愛媛県宇和島市、大分県佐伯市などが上位に挙げられる。適水温はおおむね16~21度で、冬場は海水温低下とともに摂餌量が減って成長ペースが鈍るものの、九州・四国地方は冬でも比較的、海水温が高く、養殖に適しているとされる。
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