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【ミステリー小説】邪魔なら消してしまいましょうか《完結編①》(さわきゆりさんの続きを書きます。)

 さわきゆりさんの書かれたミステリー小説「邪魔なら消してしまいましょうか」(前編)のつづきを書かせていただいています。

 物語のはじまりは、こちらから↓

《中編》はこちら。→《中編》本文へ

《後編》はこちら。→《後編》本文へ
※11/5㈰1:06 に本文を大幅に修正しました。)


《完結編①》

 瑛介が右の拳でテーブルを叩くと、全員のティーカップの中で紅茶が波打った。

「……さっきから何よ。勝手なことばかり言って。私たちがあの人を殺したですって? あの家は私たちの実家なのよ。いつ帰ったって、私たちの勝手じゃない。それに、何もそんな夜遅くに買い物に行けだなんて、誰も頼んでないわ。それを言うなら、私たちの母を殺したのも、あなたの母親みたいなものじゃない。あの人が家に来てから母は伏しがちになって亡くなって……、そして、すぐに後妻に入ったのよ。財産目当てにあの人が母に何かしたに決まってる!」
「ああ、姉貴に同感だ。俺は覚えてるぜ。母さんが体調を崩してから、毎晩お前の母親が食事を運んでた。新入りの家政婦の分際でな。どうせあの女が毒でも盛ったから、間もなくして母さんは死んだんだ。……そして、お前と桜花も、二人して俺たちを殺そうとした。あの女のことも、お前たちのことも、元々家族だなんて思ってねえけど、これで本性が分かった。お前らに親父の……、俺たちの財産はやれねえよ」
「そうね。今回のことを説明すれば、きっと父も分かってくれるはずよ。この白封筒の中に書かれた財産は、私と樹と海香。三人で分けましょう」
 テーブルに置かれたままだった白封筒をとうとう亜美が手に取る。

「──やめろ! まだ桜花が戻ってない!」
 瑛介はそれを開封させまいと封筒の反対側を掴み、亜美の手から無理やり引き剝がそうとした。
「ちょっとやめてよ! 大事な書類が破けちゃう!」
 私は亜美と瑛介の手を掴んで、何とか白封筒を机上に戻させようとする。しかし、二人の力には及ばず、更にもみくちゃな状態になるだけだった。

「あ‼」
 その時、樹が大きな声を出した。
「おい! その封筒、封が開いているぞ!」
 樹の言葉に亜美と瑛介は引っ張り合いをやめ、同時に手を下ろした。
「本当だ……。封が開いてる……」
 白封筒の裏側を見ると、確かに封の糊が剝がれており、誰かに開封された跡がある。
「……もう、いいわよね。これを開けたのがここにいる私たちの中にいないなら、可能性は一つよ。今、ここで封筒の中身を確認しましょう」
 亜美は乱れた息を整えながら、しわくちゃになった封筒を再び手に取ると、私たち三人を見渡した。

──そう。私たちの中にいないのなら、残るは一人だけ。この封筒を開封したのは、桜花だということだ。
「それじゃあ……、開けるわよ」
 亜美は白封筒の開封口から折り畳まれた何枚かの紙を取り出すと、皆が確認できるようテーブルの上に広げた。
 それは、とても古い便箋だった。


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『前略 各務かがみ久恵様
 久恵ちゃん、こんにちは。女学校の時に仲良くしていたあなたと再会できたことが夢のようです。まさか、こんなことになって病院で会うなんて思ってもみませんでした。優しいあなたが看護師になっている姿を見て、私は胸がいっぱいでとても勇気づけられたの。本当にありがとう。……  早々 二階堂留以子』

『留以子さま
 私もあなたに会うことができて、とても嬉しいです。いつも一緒におしゃべりをしていた女学生時代が懐かしく思い出されます。あなたには、もう可愛いお子さんが三人もいるのね。お子さんの話をしているあなたがとても美しくて、少しあなたのことが羨ましくなってしまったわ。…… 各務久恵より』

『久恵ちゃん
 いつも病院に行くとあなたがいてくれて、とても心強いのよ。病気のことを考えると、とても不安になるけれど、もう少し頑張ってみようと思う。子どもたちのためにも、弱音ばかり吐いてはいられないわよね。もう難しい料理はできないけれど、あの子たちの誕生日にはちらし寿司をつくろうと思うの。あの子たちの好物だから。一度でも多くあの子たちを喜ばせてあげたい……。 留以子』

『留以子ちゃん
……ちらし寿司で誕生祝いなんて素敵ね。あなたにこうして手紙で気持ちを打ち明けてくれることが、私は嬉しいわ。私はいつでもあなたの味方よ。あなたのためにできることがあるならば、いつでも頼って。…… 久恵』

『久恵ちゃん
……ここまで何とか頑張って来たけれど、とうとう寝たきりになることが増えました。子ども達に何かしてあげたくても、身体が思うように動かないの。久恵ちゃん、どうか、どうかお願いがあります。私を助けて。…… 留以子』

『留以子ちゃん
 どうか気を確かに持って。諦めないで。私があなたの側に行くわ。あなたの側で励まし続ける。だから、諦めないで待っていて。女学生の頃、夏休みに長野にあるあなたの家の別荘に遊びに行った時のことを覚えている? 別荘の裏庭に、二人で一緒に大きな花壇をつくったわ。私たちの好きな花だけで花壇をいっぱいにしたのよ。その時に約束したでしょう。一人でできないことがあっても、もう一人が必ず力を貸すって。一緒なら、私たちは何でもできるって。だから、私はあなたのために何でもするわ。 久恵』

『久恵ちゃん
 私が死んでも、子ども達だけにしたくない。どうか、お願い。私がいなくなった後も、子ども達を守って。こんなこと、あなたにしか頼むことができないわ。私の代りにあの子たちの母親になって、どうか誕生日を祝い続けてあげて。勝手なことばかり言っていることはわかっているの。けれど、こんな言葉しか浮かんでこないの。私が死んだら、あの花壇の花の下で眠りたい。怖い。一人にはなりたくない。寂しい。子ども達ともっと一緒にいてあげたかった……。 留以子」

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「これは……、手紙? 母とあの人の……?」
「母さんとあの女は、友達だったっていうのか。それも、昔からの……」
 二階堂留以子というのは、私と亜美、樹の母親の名だ。そして、各務久恵(各務は旧姓。)というのは、瑛介と桜花の母だった。
「ねえ、亜美姉さん。あの日、久恵さんが夜遅くに買い物に出掛けて亡くなった日……。あの日の翌日は、亜美姉さんの誕生日じゃなかった?」
 そう言うと、亜美と樹が目を見開いて一斉にこちらを見る。
「もしかして、あの日、久恵さんは私たちが次の日に帰ることを知って、亜美姉さんの誕生日を祝うために、ちらし寿司の材料を買いに行ったんじゃない? 三十年以上も前のお母さんとの約束を守るために」

「……母は先妻のことも、姉さんや兄さんのことも恨んでいなかったのか……? あの日の夜、買い物に出掛けたのも自分の意思で……?」
 瑛介は久恵から留以子に宛てた手紙を握りしめ、涙を流していた。
「亜美姉さん、樹兄さん。私たちのお母さんも、久恵さんのことを恨んでなんかいなかったんだわ。私、思い出したの。お母さんが亡くなった後も、久恵さんが誕生日には必ずちらし寿司をつくってくれていたこと。お母さんの月命日には、必ず綺麗な花を活けてくれていたこと。全部、お母さんのためにしていたことだったんだよ」
 樹はこの場を打破する皮肉の言葉がみつからず、口を開けたまま立ち尽くしている。亜美は暫くして、何かを思い出したように私の方へ顔を向けた。

「……私、知っているわ。手紙に書かれている、その花壇のこと……」
 亜美は感情のわからない表情のまま、ただ言葉だけを私に伝えた。
「中学生の時、この別荘の二階から……、ちょうど桜花がいたあの部屋から、屋敷の裏の森の小さな空き地に花が咲いているのが見えたの。裏の森は立ち入り禁止にされていたけれど、私、一人で入って行ったの。そうしたら、とても綺麗な花壇があったのよ……」
「亜美姉さん、本当!? そこだわ! きっと、桜花ちゃんはそこにいる!」
 


《完結編②につづく》 ※次回、最終話です。

(3,058文字)

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