呪い、それは甘く酸っぱく【ショート小説】

ナナは、笑いながら、煙草に火をつけた。

新大阪の、ましてや改札で、煙草を吸い出すやつがいるか。すぐに駅員が飛んでくる。

「まっちゃん、ほんまありがとうね、ずっと」

俺は黙って自動改札機に切符を入れる。ナナも改札内に入ってきそうになり、駅員に止められる。それでもずんずん向かってくる。

「これ、新幹線で食べてなぁ」

ナナは、改札の中にいる俺に無理やりビニール袋をつかませる。駅員はだめです、だめですと言いながらこちらに顔を向け、助けを乞う。その光景を見ている人たちの驚いた顔。

「まっちゃん、大好きやで、ずっとぉ!」

俺は振り返らず東京行きの二十七番線ホームに向かう。ナナの叫び声が遠ざかっていく。


最初に、夢中になったのは俺の方だ。
長期出張で大阪に来た日の夜、上司に連れて行かれた北新地のバーで、ナナは働いていた。
「お兄さん、めっちゃナマってるやん」
そっちがでしょ。俺が笑うとナナも笑う。
すぐに話が合った。誰よりも可愛かった。

それからの三カ月間、ほぼ毎日一緒にいて、甘い時間を過ごした。
だが、徐々にナナの非常識な行動に耐えられなくなり、東京への帰任が決まったことを理由に、別れを告げた。

新幹線に乗り、自動ドアが閉まる。やっと終わった。安堵と淋しさで胸が詰まった。

京都を通ぎたあたりで、ナナから渡されたビニール袋を開けてみる。メモだ。

『デザートにどうぞー。関西限定やから、東京では絶対出逢われへん。ナナみたいに忘れられないデザートになりますように(笑)』

そこには、551蓬莱の甘酢団子が入っていた。
これがデザート? 最後まで変な女だ。

団子をひとつ取り、口に入れる。う、旨い。なんという旨さだ。肉は柔らかく、甘酸っぱいタレとよく絡む。
ビールが止まらず、バカみたいに六缶も空けそのまま眠ってしまった。


数カ月後。東京に戻った俺は、激務に追われていた。
ふと、思う。
甘酢団子、旨かったな。

あれから何も楽しいことがない。
もしかしたら、この先の人生、あの三カ月を超える出逢いはないのかもしれないな。

ナナの、最後の呪いに、今でも俺はかかったままでいる。


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