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浮遊者

だれがボクを見ている。だれもボクを知らない。
ボクだって、ホントウの自分を知らないのかもしれない。


夜がはじまるころ、ボクは目をさます。
ここからが、ボクの一日。はぁ、とため息をついて、身体をおこした。
「回収、行ってくるね」
 となりでまだ眠るロンさんに声をかけて、ボクはアジトを出る。

ボクの身体は軽い。ふわふわしていて、ゼリーみたい。
昔、クラゲになりたいって思ったからかもしれないけど、今のボクはまさにクラゲの姿をしている。

でもクラゲじゃあ、ないからね。

ボクは、ボクってこと。

ロンさんだって、切り株にしか見えないけど、「俺は切り株じゃねえ」っていつも言ってるし。おじいちゃんの切り株なのに、じゃあなんなのって聞くと、すぐに黙っちゃう。

そんなことを考えながら、いつものルートで、スペースデブリの回収をしていく。

スペースデブリっていうのは、宇宙ゴミのこと。
この広い宇宙では、みんな、なにも気にせずにたくさんのゴミデブリを排出している。

それがボクには許せなかった。だから、この仕事をしたい、と思った。

スペースデブリの中から、金属を探して、ドンのところへ持っていけばカネにもなる。

ボクはこうやって、一日一日を生きている。

思ったより、金属が集まらない日には、デブリ自体を食べる日もある。
でも、これはあまりやるなとロンさんに言われているから、最近はしないようにしてる。ボクたちにも、ソンゲンというものがあるんだって。

今日もたくさんのスペースデブリを回収して、わずかばかりのカネを得た。
明日は少し休みたいな。そんなことを考えながら、ふわふわと、帰る。

「ただいま」

アジトを開けると、ロンさんが毛布にくるまっていた。

「まだねてるの。仕事はいったの」

返事はない。

「ねえ、ロンさんてば」

ボクは、毛布をはがす。

そこには、血だらけのロンさんがうずくまっていた。

「どうしたの!」

ボクは慌てて、近くにあった、てぬぐいをあてる。切り株のロンさんは、シワが深く、どこから血が出ているのか、よくわからない。

「いったいなにがあったの」

ロンさんは、震えながら「あいつらにやられた」と言った。

「あいつらって、もしかして、透明族?」

ロンさんは、小さく頷いた。

まさか。透明族が、ここにもおそってきたのか。ボクは恐怖を感じながら、ロンさんから言われていたことを、思い出していた。

ーーーー

『透明族にだけは気をつけろ』

それは以前から、ロンさんの口癖だった。

ふだんは透明で、姿を見せないあいつらは、気がつくと近くにいて、好きなだけ暴力をふるっては、また消えていく。

それで、ロンさんの友達も、何人もやられたことがあると言っていた。

『どうして透明族は、そんなことをするの』

ボクの質問に、ロンさんは首を振った。

あいつらのすることに、理屈なんてねぇ。ただ、ストレスの捌はけ口として、なんでもいいから暴力をふるいてぇだけなんだ、と。

とんでもないやつらだ。ボクは、許せなかった。
だけど、そんなボクを見てロンさんは、絶対にやつらと闘っちゃいけない、と言った。

『透明族にやられても、絶対になにもすんなよ。もし反撃でもしたら、あいつらは、数日後にさらに大人数になって、ここの一帯を壊しにきやがる』

あいつらに目をつけられてしまったら、気が済むまでやられるしかねぇのさ、とロンさんは続けた。

そんなのおかしい、とボクは反論したけど。

とにかくひっそりと過ごすこと。ロンさんは、そう言って誰よりも透明族に注意を払っていたのに。

ーーー

「絶対になにもするんじゃねぇぞ」

ロンさんは、目をつぶりながら、ボクに言う。悔しくて、涙があふれそうだった。

ロンさんは、ボクをひろってくれた恩人だ。

お腹がすいて、みちばたで倒れていたボクを助けてくれた。そして、スペースデブリの仕事を教えてくれた。

それだけじゃない。ロンさんは、生きるスベをたくさんおしえてくれた。

例えば、アマの川でシジミ貝がとれる季節はいつか。週に一度だけ、星の子スープがもらえる場所は。道にはえてるおいしいクサバナのことだっておしえてくれた。

そんな心優しい、切り株のおじいさんを、傷つけるやつらがいるなんて信じられない。

「これが現実なんだよ」

ロンさんは、目をつぶったまま、言った。

ーーーー

 また、夜がはじまる。ため息をついて、ボクは身体をおこした。

「ロンさん」

ねた気がしなかった。それでも、ロンさんの分まで、回収の仕事をふやして、カネをかせぐことを決めた。

「ロンさん、むりしないで。ゆっくりしてね」

うぅ、とうめく声が聞こえた。

どうして、なんの罪もない、ロンさんがこんな目にあわなきゃいけない。
絶対に許されることじゃない。

アジトを出るときに、少し涙がこぼれてしまったけど、ロンさんにはきっと見えてない。


二倍働く、というのは、簡単なことじゃないというのはわかっていた。
今までだって、だらだら仕事をしてたわけじゃないけど、もっとてきぱきしなきゃいけない。
ボクは、キビンにうごくのが、苦手だ。

それに、この仕事のむずかしいところは、単純に、回収範囲を二倍にすればいい、ってわけじゃないこと。
だれかがデブリを出すタイミングで、だれよりも早くそれをとらなければいけない。
だれもデブリを出していなかったり、だれかが先に回収済みだったり、そんなところに行ってしまったら、意味がない。

「いいかボウズ。こういうことはな、コウリツ的に、やんなきゃあ〜いけねぇ」

ふふ。きっとロンさんだったこう言うだろう。自分でしたロンさんのものまねが思ったよりも似ていて、ちょっと笑えた。よし。コウリツを考えてみる。

「そうだ、あそこだ」

ある店のことをボクは思い出した。
それは、「ウマーノ・ウマノ」という店だった。
なんでも、科学レストラン、というものらしい。ボクは、科学レストランがどういうものなのかわからないけど。

ウマーノ・ウマノは、ひんぱんにデブリを出すお店なので、前はロンさんといっしょに何度も通っていた。

だけど、ボクらが集まることをイタチ姿の店長がひどく嫌がり、デブリをかくすようになった。

きっと、お店の中にデブリをためこんでいるにちがいない。

それと、ロンさんからは、デブリを食べることはやめろって止められていたけど、ここのならいいと、ゆいいつ言われていた。

なぜなら、ここのデブリの味は、最高なのだ。さすが、科学レストラン。それがなにかはしらないけど。

いつか、ロンさんが、「ホンモノを食べてみてぇなあ」と言っていたことも思い出す。

 よし、決めた。

 ボクは、明日、ウマーノ・ウマノに潜入する。
これがうまくいけば、デブリもたべものも、いつでもちょうだいできるようになるかもしれない。

ーーーー

夜がおわるころ、ボクは目をさます。

ウマーノ・ウマノが営業をしていない、明け方をねらって、しのびこむ作戦だ。

外は暗いけど、こんな時間に起きるの、いつぶりだろう。
ロンさんにひろってもらってから、陽のさす時間に出歩くことはほとんどなかった。

ふだんだったら、ボクがこの時間に外に出ることを止めるだろうけど、ロンさんはねむっているようで、気がついていない。

昨日も、話しかけてもぜんぜん返事がなかったし、ごはんも食べてないみたいだった。このまま弱ってしまわないように、おいしいたべものをもらってくる。

ロンさん、行ってくるね。ボクはこころの中で、小さく決めポーズをした。


ウマーノ・ウマノは、大きな通りに面している。ボクは、裏門にまわる。

いかにも歴史のありそうな、大きな鉄格子のとびら。ちゅうせーとか、せいよー風とかいうのかもしれない。

ボクはそのすきまに手をいれる。これがクラゲ姿のボクの特技かもね。あまりにあっさりとカギがあいたもんだから、こっちがびっくりしたくらいだ。

裏門から石畳の道をふわふわと歩いて、敷地に入る。

「すごい、お城みたい」

どうしよう、こんなに立派なところだったのか。目の前にそびえたつレンガ造りの大きな建物に、少しびびってしまった。こんなとき、ロンさんといっしょだったらな。

「いや、ボクがひとりでやるんだ」

きもちをふるい立たせて、店のとびらに手をかける。

あかない。裏門とは違って、こちらは厳重みたいだ。何度かクラゲの触手をかぎ穴に入れてみるけれど、だめ。

「仕方ない。こういう荒いことはしたくないんだけど」

ボクはそう言って、靴下に石をつめて、窓ガラスに叩きつけた。

窓を割るにはちょっとしたコツがいる、というひともいるだろう。
コツなんていらない。
ただ、いやなことを考えながら、思いっきり叩けばいいだけ。これもボクの得意分野だ。

窓は一発で、割れた。

荒いことはしたくない、とか言いながら、ボクはなんだか昔のことを思い出して、少し笑っていたかもしれない。

ガラスのはへんに気をつけながら、ついに店へもぐりこむことに成功した。

窓から入ると大きなホールが広がっていた。
白いテーブルといすが、しずかにならんでいる。いかにも、高級ってかんじだ。

「誰だ!」

そのとき、どこからか怒鳴り声がした。

この時間なら誰もいないと思って、派手に窓を割りすぎた。ボクは慌てて、ひき返そうとした。けど、滞在時間、三分もたってない。

ちょっとくやしいな。

いやもしかしたら、うまくかくれたら、ばれずにいけるかもしれない。
そしたら、ロンさんにおいしい料理を食べさせてあげることができる。たとえば、このテーブルの下とかにうまく……。

「おい」

迷っているボクの前にイタチ姿の店長が、現れた。しまった。もうばれた。

「この乞食こじき、いますぐ出ていけ!」

店長はとんでもない形相で睨んでいた。

まずい。

「泥棒よ!」

若い女イタチもきて、大声で叫ぶ。

ボクは、急いで店を飛び出す。

そのまま、全速力で走り出した。


とっくに朝陽が出ていた。

「うわ、なんだあいつ気持ちわりぃ」

明るい街は、いろんな声がする。

「くさっ。ありえない」

だれかが、ボクを見て言っていた。

「どうする、追い払ボコっとく?」

「いいじゃん、このマチの治安のためだろ」


透明族だ。いや、透明族じゃない。

ニンゲンだ。ニンゲンの若者。立ち止まったら、ボクはころされてしまうかもしれない。

走る。どうしてだろう。いつもはあんなに軽くてふわふわしてる身体が、ぜんぜん動いてくれない。

夢の中で、走って逃げたくても、足が地面にすいこまれてしまって思うように走れない、あのかんじに、にてる。

ああそうか。これは夢なのかもしれない。

ボクは、ときどき、夢の中で「これは夢だ」とわかるときがあった。

でもいままで夢の中で、こんなに痛いって、かんじたことがあったかなあ。

ボクはニンゲンたちに石をたくさん投げつけられて、何発か、せなかと、あたまと、目のあたりにくらってしまった。

ボクはそれでも走った。アジトまで、あとどのくらいかわからないけど、走るしかない。こんなところで、またつかまるわけには絶対にいかない。

ひいひい、ぜえぜえ、そんな表現ができたらまだよかった。ボクは、自分でもきいたことないくらい醜い音を発しながら、ひっしで走っていた。

 

やっと、アジトについた。

ずきずきと、あたまがする。

からだじゅう、どうにかなってしまったんじゃないのって、おもう。

「ロンさん」

ボクは、最後のちからをふりしぼって、アジトの青いビニールシートをめくる。


だれもいない。


それだけじゃなくとんでもない悪臭がする。
そもそも、ここには、ひとがひとり、入れるくらいの空間しかない。

「ロンさん?」

どういうことなの。

えたいのしれない感情が、胃のあたりから、ぞわぞわとあがってくる。
昔のいやなこととか、おもい出したくないのにおもい出すときに感じるあの感じ。

あたまが、いたい。

うけた傷のせいか、この臭いのせいか。

あたまがふっとうしそうだった。

そのとき、ブルーシートの内側にとめられている、透明のアクリル板の存在に気がつく。

なんだっけ、これ。

アクリル板にうつる自分が見える。

そこには、かわいいクラゲ姿の少年がいた。

はずだった。

髪はぼさぼさで、髭ひげもぼうぼうで、服も上から下まで真っ黒でぼろぼろで、頭から血を流しながら、片目が腫れ上がったおぞましい男がうつっていた。

なんだ、これは。

ボクは、アクリル板にうつる男をさわる。

「あなたは、だれ」

 ボクの声と、男のくちびるが同期(シンク)した。

 ぼっ、と音がして、からだ中から汗がふきだしてくる。

「あなたは、だれ」


そうだ。

ボクは、五十八歳の、路上生活者だった。
いつからか、一般ゴミを漁る行為を、妄想の世界で変換して生きていたのだ。

アクリル板にうつる自分をもう一度見る。

「あなたは、だれ」

何度言っても、そこには現実しか映っていなかった。


最悪だ。なんてことだ。最悪のタイミングで、また現実が戻ってきやがった。ボクの、俺の、楽しかった生活を返してくれ。俺は真面目にやっていたはずだ。そりゃ若い頃は、悪いこともやった。強盗(タタキ)で、何度か刑務所に入った。俺は頭が弱いから、頭が良くて悪いやつの言いなりになるしかなかった。刑務所の中でトラブルをおこして、五年も独居房(ドッキョ)に入れられたこともあった。でも、そのときから、鏡に映る自分と話せるようになったから、寂しいとかそういう馬鹿らしい感情はなくなった。出所してからは、少しの間、職にも就いてた。大工。内装だけど。でもある日突然、クビ。同僚のカネを盗んだとかそういうあらぬ疑いをかけられて。ま、本当は俺が盗んだんだけど。パチンコのカネが必要だったからしょうがない。そんで、寮からも追い出されて、どこも行くあてがなくて、腹が減って、道に座り込んでた。ガラの悪い兄ちゃんが目の前を通ったときに、嫌な予感はした。こっちはなにもしてないのに、睨んだとか、そんな理由で殴る蹴るされた。俺はやり返す度胸も力もなかった。どのくらい、好きにされてたのか分からない。もう死んでもいいか。本気でそう思った。目が覚めたら、俺はクラゲ姿の少年になっていて、このアジトにいて。よく分かんなかったけど、別に、それで良かった。現実を生きるのは、俺みたいな頭の弱いニンゲンには難しいと思う。この生活も長く続かないのは分かってたけど、意外に楽しかったりした。ドラマや映画だったら、さぁ、次はどこへ行こう、なんて笑いながら話が終わってくんだろうけど、俺の場合は、

「さぁ、次はどこへ行こう」

 声に出してみたけど、なにも思いつくことがないな。こんな絶望的な事態でも、腹が減るってのが、やっぱ俺もニンゲンって感じだ。

 

それから俺は、あてもなく、歩いた。

お天道様の陽射しを受けて、街中を歩くなんて本当、いつぶりだろ。

頭の中ではずっと、俺が、俺の話を、息つぎもせず語ってる。

我ながら、うるせぇし、話、長ぇな。

ニンゲンたちは、汚物を見るかのように、いや、もとから誰もいないかのように、俺の周りを大幅に避けて、通り過ぎていった。

ふと気がつくと、アマの川と呼んでいた川にかかる橋まで来ていた。

アマの川なんてうけるわ、ドブ川だドブ川。

橋の上から、濁った水面を見る。

こんなに汚くても、太陽の光を受けた部分だけ、きらきら輝いて見えるのが、皮肉だな。

ここに今、俺が飛び込んだら、ただ汚い川の一部になるのか。それとも、一瞬でも、きらめく存在になれたりするか。

俺は、そんなことを考えながら、橋からドブ川をのぞきこみ、そのまま落ちていった。

不思議と周りがスローモーションに感じた。

ニンゲンの慌てふためく声が聞こえる。

お前ら、そのスマホで俺を撮ってくれよ。
俺も生きてんのよ。いっしょの、ニンゲン。
透明な存在にすんなよ。
だから、今この瞬間を撮ってくれ。そしたらきっと話題になるだろ。
あとでチョサッ権? カネとるけどな。

水の底に落ちていく。

苦しくてどうなっちゃうかと思った。

けどそのとたん、からだが自由になって、ボクはまたクラゲの姿にもどってた。

ああ、よかったぁ。

ボクはあんしんして、どこかの星で、ふわふわと生きる夢をまたみる。


こんどは、しあわせに、なれますように。


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