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航空機用複合材料の火災

はじめに

米軍の航空事故対応マニュアル「Technical Order 00-105E-9」から抜粋し、翻訳を行った物が本書になります。入手可能な最新版として、06年版(Rev.11)から抜粋して翻訳を行いました。


複合材料の危険性
3.5.b  事故機における複合材料の損傷

(1) 事故時の破片について


3.5a項では、複合材システム内の材料の種類と、部品が持つかもしれない様々な形態についての一般的な情報を示した。これは、損傷していない部品の識別に役立つだろう。しかし、損傷した破片がどのようなものかを判断するためには、さらなる情報が必要である。損傷した破片は、次のように分類される(サイズが大きいものから順に並べる)。

(a) 破片(FRAGMENTS)
積層板全体の断片や複合材の断片は、破片(FRAGMENTS)と呼ばれる。衝突によって生じた破片は、緊急対応の最中に、衝突クレーターの中、またはクレーターから少し離れた場所にある瓦礫の山の中で見つけることができる。破片は重量があるため、最初に地面に接触してから遠くへ移動することはない。(写真18、19)

写真18. 破片
写真19. 破片

(b) ストリップ
一枚のラミネート層はストリップと呼ばれる。複合材料は、損傷により、層が分離することがある。物理的な損傷から生じたストリップは、破断した端部を除いて繊維に樹脂が付着しており、元の複合材部分の近くで発見される。火災による損傷で分離した場合は、樹脂または炭化物が繊維をつなぎ合わせている。火災による剥離は、燃焼帯の内側と外側の両方に見られる。(写真20)

写真20. ストリップ - 単層

(c) 繊維の束
繊維の束は、物理的な損傷によってのみ生じる壊れた繊維/母材の断片である。複合材料が破断すると、繊維と母材が割れて、繊維/母材の破断部分ができる。割れは層内でも層間でも生じる。繊維は母材によって保持され、繊維の束となる。繊維の束は破断面やその付近(破片の表面や積層体内)で見られる。破断面の損傷が激しい場合は、その近辺に繊維の束が分散している。(写真21、22)

写真21. 繊維の束の顕微鏡写真
写真22. 大きな繊維の束

 (d) クラスター
クラスターは、火災にさらされた一方向性テープ又はフィラメントワウンド層から生成された数百又は数千の長い連続長繊維のことである。クラスターは、火災で加熱された時間が異なるため、ストリップと異なる状態である。クラスターには、繊維をつなぎとめる樹脂がほとんど残っていない。このため、繊維は自由に動きまわることができる。炭素繊維のクラスターは、黒い毛糸のようであり、髪の毛の塊のように見える。クラスターが発生した場合、クラスターは現場の周辺や燃焼区域の外側に分散していたり、ストリップに付着していたりすることがある。クラスターは空気中に残ることはない。(写真23)


写真23. 炭素繊維のクラスター

(e) 粉塵
損傷により複合粉塵が発生する。粉塵は、粉砕された、または破砕された樹脂および繊維の破片である。火災による損傷では、樹脂の炭化、劣化した繊維の粉塵、燃料の煤が発生する。微視的な寸法は各々異なっている。樹脂の炭や煤の粒子は球状になる。粉砕された樹脂や繊維、燃えた繊維から発生する粉塵は、不規則な形状をしている。損傷が激しいほど、ダストの発生量は多くなる。粉塵は、損傷した表面やその近辺に見られる。
 
(f) 単繊維
物理的な損傷により、繊維部分が母材から引き抜かれることがある。単繊維とは、空気中に浮遊するほど小さい繊維のことである。サイズによっては、空気中に浮遊する繊維は見えない場合がある。物理的な損傷によって生じた単繊維は、事故現場の空気中に浮遊する繊維の発生源にはならない。一方でJP-8の火災に巻き込まれた炭素繊維の一方向プリプレグテープは、空気中に浮遊する繊維の主な発生源となりえる。浮遊する繊維は焼けた破片のすぐ近くにとどまる。(写真24:訳者注:写真が不鮮明なため本書には不掲載)

(2) 物理的損傷 (省略)

(3) 火災による被害


(a) 熱及び火災の影響

火災を受けると、複合材料内の材料に物理的、化学的な変化が生じる。JP-8火災のような燃料火災は、2000°Fを超える非常に高い温度を発生させる。熱は各層に浸透するため、コーティングは焼け落ち、樹脂層は熱的、酸化的にダメージを受ける。熱によって、樹脂やプラスチックはどんどん小さな分子に分解され、炭化物と揮発性物質が発生する(例えるなら、原油を精製してより軽い等級の燃料油を得るようなもの)。揮発分が燃焼レベルに達すると、発炎燃焼が生じる。樹脂が繊維を密閉して支えることができなくなると、複合材料の層間が剥離する。固体の母材がなくなれば、層内や層間の繊維の間を空気が移動するようになる。樹脂のない繊維層は非常に軽く、火炎内の熱柱によって燃焼領域外へ表面層が吹き飛ばされることもある。繊維は分解するか溶融する。溶ける繊維はSpectra®とガラスである。ケブラー® と炭素繊維は酸化によるダメージを受け、分解される。ホウ素繊維の表面は酸化し、色が変化する。

複合材料を発火させるには熱源が必要となる。発火温度は樹脂の種類によって異なり、様々である。発火したとき、樹脂の種類によっては燃料として作用し、JP-8の炎に熱を加える。樹脂の種類によっては、より濃い黒煙を出すものがあり、JP-8のような液体燃料による複合材料の火災は、煙の密度を高める主な原因となりえる。
樹脂の種類によって、炭化のしかたは異なる。ほとんどのエポキシ樹脂は440-500°Fで燃え始める。JP-8の炎の温度が複合材料に浸透すると、エポキシは数秒のうちに分解される。積層板があまり薄くない場合、エポキシは炎温度よりはるかに低い温度であっても、炎が止んだ後、くすぶり始める。このくすぶりは、有毒な化合物を放出するゆっくりとした、炎のない燃焼形態と表現される。目に見える煙がほとんど、あるいは全く発生しないため、エポキシのくすぶりを検出することは困難である(煙は発生しているが、可視範囲では検出できないだけである)。エポキシのくすぶりは風の影響を受けず、温度上昇のなかった場所には広がらない。くすぶっている複合材料が危険なのは、その状態が発見されないまま、簡単に発火燃焼に移行してしまうからである。
炭素繊維の燃焼は、樹脂がほとんど、あるいはすべて燃え尽き、外部温度が約1000°F(繊維の種類による)になったときに発生する。この段階で、炭素繊維が酸化分解し、フィブリルが形成される。自己燃焼するためには十分な酸素が必要であり、十分な空気の流れが必須となる。高温(~1400°F)になると、赤い光が見えるようになる。エポキシ樹脂のくすぶりでは、炭素繊維の燃焼を引き起こすのに十分な熱は発生しない。

 (b) 燃焼生成物
すべての有機物の最終的な燃焼生成物は、炭素、二酸化炭素(CO2)、水である。しかし、通常は完全燃焼に至ることはなく、一酸化炭素やその他多くの不完全燃焼の生成物が発生する。表3.5-2に生じる可能性のある物質を示す(訳者注:不掲載)。

1 JP-8燃料
JP-8燃料は、脂肪族および芳香族炭化水素と少量の独自添加物から構成されている。航空機事故時の汚染物質は高密度の黒色煤煙で、その大部分はJP-8の燃焼によるものである。複合材料からの煙の寄与は、燃料の燃焼量に比べればわずかである。煤は炭素粒子であり、不完全燃焼時の生成物である。煤煙の粒径は非常に小さいため、熱柱内を上昇し、希釈されて風下に飛散する。
 
2 雑多な航空機材料
炭素や水素のほか、樹脂、接着剤、プラスチック、芯材、コーティング剤などにも化学元素が含まれている。それは酸素、窒素、塩素、臭素、フッ素、金属化合物などである。これらの元素は、発生する有毒ガスや刺激物の量や数を増加させる一因となる。コーティングと複合材料の燃焼から放出される有毒物質は、JP-8の煙とともに運ばれる。
 
3 繊維
溶融ガラス繊維は融着することがあり、繊維の形状が破壊される。溶融ガラスが発炎燃焼段階で放出されると、ガラスビーズが形成されて落下するため、空気中には残らない。燃焼したケブラー 繊維は分解し、樹脂やプラスチック、化学ウールの燃焼と同様の有毒な燃焼生成物が放出される。炎や熱源が無くなれば、ケブラーテープや布地が燃え続けることはないと考えられている。芯材に含まれるケブラーパルプはくすぶり続けることがある。炭素繊維は92-98%が炭素で、残りは窒素と微量の加工汚染物である。炭素繊維を燃やすと窒素が放出される。酸化により繊維が侵食され、繊維の元の直径と長さが変化する。小さなサイズの繊維は、火炎を伴う燃焼の際に空中に浮遊することがある(写真32および33)。


写真32. 焼損した炭素繊維
写真33. 焼損した炭素繊維

一方向性炭素繊維テープは、一定時間炎に包まれると、クラスター、炭素繊維分解物、および繊維灰を生じる。最初にクラスターが形成され、次に分解物が形成され、最後に灰が形成される。繊維クラスターは軽量ではあるが、空中に浮遊し続けることはない。形成された場合、クラスターは現場のあちこちで発見されるだろう。クラスターは繊維を支える母材がないため、刺し傷やパンクを引き起こすのに必要な硬さを持っておらず、刺し傷の原因にはならない。
小さなサイズの繊維はプルーム(煙の柱:立ち上った煙/有害な放出物)と一緒に移動するが、プルームが風下に向かって進む間に沈降し始める。地表の風のため、煙の柱はほとんどの場合、傾いているだろう。風速が大きくなると、煙の柱の傾斜角度が大きくなり、煙の上昇が制限され、地表面での汚染物質の濃度が上昇する可能性がある。単一の炭素繊維が空中に浮遊しているのを肉眼で見るのは困難である。
消火後、焼けた瓦礫の周辺に滞留することはあるが、じきに落下する。再浮遊の可能性は、最初の落下の直後(24時間から48時間)が最も高い。風化が進むと、繊維は環境(土壌)に混ざり込み、再浮上の可能性は急速に低くなる。このため、植生の少ない乾燥した地域では、再浮上の可能性が高くなる。

(c) レーダー吸収材料(RAM)および従来型コーティング
(省略)

(d) 繊維の形態による影響
複合材層の繊維形状は、火災で損傷を受けた微粒子の放出に影響する。これは物理的損傷を受けた複合繊維の形態が、破片の発生に影響するのと同じである。フィラメントワインディング部分のパターンと織物のクロス織りは、個々の繊維の自由な動きを許さず、繊維を固定している。このため、繊維が自由に動けないことで、火炎燃焼中に放出される微粒子の量が減少する。一方で、一方向テープは、火災時や火災で損傷した炭素繊維の残骸を取り扱う際に、炭素繊維の微粒子が放出されやすい。

 (4) 火災のシナリオ

(a) 火球
衝突時、燃料と燃料蒸気が急速に、広い範囲に飛散する。燃料蒸気の霧が発火し、燃料の広がりの後に急速に火球を発生させる。火球による複合的な破壊の程度は、状況により異なる。火球は、破片を完全に取り逃がすこともあれば、表面をわずかに焦がすことも、破片を完全に飲み込んでしまうこともある。火球は非常に高温の炎(2400°F)を発生させる場合があるが、炎による損傷の程度は、破片の軌道と火球の中にいる時間によって異なる。(写真34と35)

写真34. 火球の影響
写真35. 火球による表面焼け焦げ

(b) 燃料プール火災
燃料プール火災は、最も大きな火災被害を発生させるシナリオである。大量の燃料が比較的狭い範囲に集まってプールを形成する。燃料プール火災の火炎燃焼段階は、火球の場合よりもはるかに長くなる(燃料は、火球シナリオの場合ほど急速に使用されない)。高温で過ごす時間が長いと、炎と熱がより多くの複合材層を貫通し、より大きなダメージを与えるとともに、「くすぶり燃焼」の条件を作り出しやすくなる。(写真36)

写真36. プール火災によるダメージ

(c) 時間経過による低温加熱
火災の状況によって、複合材料がくすぶり燃焼モードで燃焼するか、火炎モードで燃焼するかが決まってくる。加熱されたワイヤを伝わってくるような遅い低温の加熱は、くすぶり燃焼を引き起こす可能性がある。また、密閉された区画のように空気の供給が制限されると、くすぶり燃焼が促進され、長い間発見されない場合がある。長い間くすぶっていた後に火炎燃焼に移行すると、燃料の予熱やくすぶり段階での可燃性ガスの蓄積により、非常に急速に火災が拡大する可能性もある。

(d) 飛行中の火災 (中略)

(5) 健康


(a) 煙のプルーム(有害な放出物)
煙は、空気中の固体および液体の微粒子と、濃度が高い場合に有毒となるガスを含んでいる。最も危険なのは、目の炎症による視力障害、窒息性ガスの吸入による麻痺、上・下気道の炎症などである。事故の緊急段階において、煙の中の窒息性ガスと刺激物は、最も危険なものである。煙に含まれる主な有毒ガスまたは致死性ガスとしては、一酸化炭素とシアン化水素がある。刺激物としては、酸性ガス(塩酸、臭化水素、フッ化水素)、酸化窒素化合物、アクロレイン、ホルムアルデヒド、イソシアネートなどの有機刺激物が主なものである。材料が燃焼すると、一酸化炭素、二酸化炭素、水、および不完全燃焼の生成物が発生する。不完全燃焼の可能性を予測するには、材料の化学組成を考える必要がある。
例えば、窒素を含む材料では、シアン化水素と二酸化窒素が発生する可能性がある。窒素を含む樹脂としては、ナイロン、ポリウレタンなどがある。一方で、ハロゲン系や難燃性の材料は、酸性ガス(HCl、HBr、HF)を発生させる。航空宇宙用の樹脂や接着剤には、ハロゲン化合物が含まれる可能性が高い。材料の化学組成に酸素が含まれている場合、アクロレインやホルムアルデヒドが生成されることがある。ポリエステル、アクリル、エポキシ、フェノール樹脂は酸素を含んでいる。ポリウレタン樹脂の燃焼ではイソシアネートが生成されるが、航空機事故での主な燃料はJP-8である。JP-8は、表3.7-3に示すように、燃焼組成状態において、煙の中の有毒ガスの主要な原因となりえる。

(b) くすぶり
あらゆる物質のくすぶり状態は、有害な煙を発生させる。一酸化炭素や二酸化窒素は、不完全燃焼の生成物とともに生成される。生成される生成物の多くは、くすぶりが発生する温度が低いため、火炎燃焼の状態とは異なる。濃度が高くなると有害な影響が出る。発炎燃焼に比べ、くすぶり燃焼はゆっくりとしたプロセスである。作業環境、特に密閉された空間や環境でくすぶりが継続する場合、有害な濃度が生じている可能性がある。

(c) 空気中の炭素繊維
火災による損傷のみの複合材料や、織物やフィラメントワインディングで作られた複合材料では、発炎燃焼状態での重大な繊維の放出は起こらないと考えられる。発火燃焼状態での著しい繊維放出の可能性があるのは、炭素繊維の一方向テープの多くの層で作られた複合材料が、物理的及び火災的損傷を受けた場合である。

(d) 取り扱い
火災で損傷を受けた複合材料は非常に壊れやすく、単に物理的な損傷を受けた複合材料よりも壊れやすい。分解された繊維は、触ったりすると分解し続け、微粒子を発生させる。燃えた(分解した)炭素繊維を扱うと、吸入可能なサイズの様々なサイズの微粒子が発生することがある。

(e) 保管
焼けた複合材料は、一定期間オフガスし続けることがある。オフガスとは、周囲温度で揮発性物質がゆっくりと放出されることである。保管容器内のガス濃度が高まるため、保管容器を最初に開封する際に換気が必要な場合がある。
 

(6) 安全性

(a) 煙
樹脂およびプラスチック材料から酸性ガスが生成されると、酸性の煙プルームが発生することがある。プルームに入ると、消防服のジッパーや縫い目から酸性ガスが侵入し、皮膚の火傷の原因となることがある。

(b) くすぶり
くすぶっている複合材料は、水で消火することが困難である。材料が完全に周囲温度まで冷却されていない場合、根深いくすぶりが存在し続ける可能性がある。くすぶっている状態は、簡単に発火燃焼状態に移行する可能性がある。くすぶりが発見できていない場合、予期せぬ火災の発生源となる可能性がある 

(c) 閉鎖された空間
屋外の特定の条件は、事故現場において「閉鎖空間」のシナリオを生じることがある。このような条件とは、生い茂った植物、葉っぱ、深い衝突クレーター、プール火災、雨や風がないことなどである。狭い空間は、危険への曝露の可能性を高める。

(7)事故現場の材料の適合性
塊として硬化した複合材料は、化学的および生物学的に非反応性であり、手で触ることができる。一方で、事故により、機内の油脂類、溶融金属、バッテリー液、ヒドラジンなどで破片が汚染される可能性がある。複合材料と現場の他の材料との適合性は表3.7-3に記載されている(訳者注:表は未翻訳)

(8) 事故で損傷した複合材料の概要
●コーティングは、その下にある部品が複合材か金属かを判断することを困難にする。
●損傷すると、複合材料内の各々の材料が分離し始める。複合部品が均質な材料でないことが明らかになる。
 
●「事故後」の複合材を説明するために使われる用語は以下の通り。
・単一繊維
・クラスター(繊維の束)
・ストリップ(層)
・粉塵、微粒子
・衝撃による損傷
・火災による損傷
・ファイバーバンドル
 
●衝撃による損傷
・すべての種類において繊維が短く切断される。
・ケブラー繊維は破断面にフィブリルを形成する。
・母材が割れ、繊維は隣接する層から剥離する。芯材が押しつぶされ、破れる。
・繊維束と衝撃砕片の端が砕けた傷の原因となる。
・複合材料の粉塵がアレルギー反応を引き起こす。
 
●火災による損傷。
・樹脂の燃焼により、直ちに有毒物質が放出される。
・繊維は溶融、酸化および/または分解する。
・溶融した繊維は空気中に残らない。
・深刻な衝撃や火災で損傷した炭素繊維は、残留する繊維を放出する。
・フィラメントワウンドや織物は、空気中に微粒子を放出するのを抑制する。
・先進的な複合材料は、目に見える兆候なしにくすぶることがある。

以上

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