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悩み尽きせぬ24アニヴァーサリー如何に?


ドヴォジャークも果てさて⋯⋯。

 時間的制約、あるいは体力的限界またはその他「不如意」な事情を顧みずに物事を進めるというのは、 これは当然ではあれ土台無理筋であろう。斯く慮るなら、アニヴァーサリー企画にせよ篩にかけるよりあるまい。
 一年遅れのラフマニノフ特集はとまれ完遂するとして、では24アニヴァーサリーを如何にすべきか──ホルストは既に終えたので措くにせよ、さてどのような基準を以て「掬うか落とすか」である。ドヴォジャーク及びスメタナは目処も立つがゆえ近々お送り出来そうではあるが、まず一次史料たる総譜が揃うか否か。実のところ目処を立てたるドヴォジャークからして、若書きたる「チェロ協奏曲イ長調」のソイツ(ラファエル版)を現時点で集め切れずに溜息を漏らすやの体たらく。総譜たるやモノによりけりなれど、殊によれば二万三万、いやそれ以上は費やさざるを得ない代物も少なからず。米国のとあるサイトが20ドルほどの寄付にて利用可能ではあるようだが、果てさて実際のところの「可不可」が線引きを何処に見出すべきか未だ判然とはしない(何故なら、その後に続けておそらくは途方も無い金員──数字のみながら、明らかにドルへと換算すべきであろうそれと紐着けるように、三年なる権利期限が謳われているから)。
 音楽より足を洗いて相応の歳月を経ては最早「伝手」さえも覚束ぬ身であり、加えて総譜を入手するにせよ、潤沢な資金に恵まれる訳ですらない。例えばアイヴズの二番(改訂稿)総譜が一万二千円ほどで購い得るを知りほっと一息は吐けど、これなど安い部類。いずれ総譜を入手するのに、ひと月当たり四万五万も遣えはせぬ。となれば、やはり「上野の四階」へと繁く通う外あるまい。であるにせよ、求むる総譜が揃うとの保障もない(目下のところ最も悩むのが、生誕120年にあたるパポーフは交響曲第一番⋯⋯本邦初演から未だ八年を経るのみであり、類推して収蔵されているなどと

ガブリイール・パポーフ(ポポフ)は取り上げたい。

は想像さえもつかぬ。貸し譜という手もあれど、実にコイツもかなりの費えを求められる)。同じく悩みどころたるやブルックナーは交響曲第九番第四楽章。こちらも各版を揃えられるか否かと問われるなれば、聊か心許ない。
 いざとなれば二次文献のみを「寄す処」とすればよかろう。なれどそうするとて論文の複数本は参照せねば第三者視点の担保も困難であろう。どうにもこうにも、いやさ悩みは尽きぬのである。
 斯くなれば、いっそ残す全てを「エッセイ風」に仕立ててやろうか? なんぞという「悪い蟲」さえ胸中にお騒き始めるほどである。いやはや、如何したものか、と。

何せパポーフ一番は入手可能な音源全て揃えたるがゆえに取り上げたい。


 いずれにせよ名だたるアニヴァーサリー作家を網羅するは難しかろう。自ず好むと好まざるとに拘らず選別するよりない。そんなこんなで、まずはリヒャルト・シュトラウス、ディーリアス、ヤナーチェク、スーク、シュレーカー、ピストン、ロドリーゴのうちから数多埒外という話にはなろう。
 適うなれば(彼らの総譜入手も困難を極めようが)シュールホフとウルマンは取り上げたい。本邦が誇る伊福部と團も漏らしたくはない。ルトスワフスキとパヌフニクなる二人がポルツカは如何にすべきかしら。パポーフのみならずロースラヴェツも「悲劇的」ゆえ、シュールホフやウルマン同様スポットライトを浴びせたい。実に悩ましいところではあるが、糊する生業でもなし、いずれ諦めるはそうすべきであろうよ。好きが嵩じて「身を削る」は愛しき女性《にょしょう》とのそれに止めるが華であろうと、そう苦笑を漏らす初夏が夜である。
 

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