soft light

 お風呂上がりで火照った身体を、少し上のほうからベッドに落とす。落とされた彼女は、ほぉっとゆるく淡くほの熱い息を吐き、天井の蛍光灯の明かりを見つめて、眩しそうに目を細める。そっと首を傾ける。意思のない人形を思わせる仕草で、その無機質さが愛しかった。
 乱暴な子供が戯れにそうしたように、人形には手足がなく、バスタオルが巻かれている。柔らかで乾いたタオル越しに見える線は、凹凸が少なく、幼く見えて、彼女に何をしてもいかがわしいことをしているように感じてしまう。
 初夏に食べたちまきを思い出しながら、わたしは彼女のバスタオルを広げた。すると彼女は眠たそうな目つきでわたしをねめつけてくる。幼く見える。長い髪の一筋が頬の形を印し、細い首筋に流れている。わたしが何をしようと彼女には抵抗ができるはずもない。
 わたしはベッドに倒れ込むようにして、彼女に覆いかぶさり、横隔膜に鼻先をつける。おへその上の、肋骨のいちばん下。そこに横隔膜があるのかどうかはわからないけれど、横隔膜っぽい場所として、心の中で「横隔膜」と呼んでいる。すうっと息を吸う。石鹸のにおいがして、ずっとこのままの姿勢で死に絶えたい気持ちになる。
 ふぁあ、と彼女の欠伸の声が聞こえた。
「くすぐったい」
 すぐに彼女のやる気のなさそうな声が降りてきた。うっすらと首を曲げ、彼女の顔のあるほうに視線を流すと、膨らみかけのような小さな胸の下を、わたしの短くした髪が擽っていた。もう一度息を吸う。その感触に彼女の身体がぴくりと震える。
「……貴女は銃弾が跳び交う戦地にいて、血まみれで死にかけている私のはらわたに顔を突っ込んでいる。どんな想像をしているのかは知らないけれど、そこからは血と臓物のにおいがする」
 彼女はそうひどいことを言う。わたしはもう一度息を吸い込み、彼女のにおいを胸におさめてから、そっと告げる。
「君は地下にある娼館の住人で、仕事が終わってからいつもわたしと一緒にお風呂に入る。君は何年も前からそこで働いていて、君の他にも片足のない子や、片目に傷のある子、顔の火傷を髪で隠している子もいる。わたしはその手伝いをしている。ひどい仕事」
 わたしがそう言うと、彼女は少し大人びた表情で薄く笑う。それから、ははっ、と乾いたような、心の底からのような曖昧な笑い声を上げた。わたしは彼女の身体に垂れた髪をすべらせるようにして頭を移動させ、彼女の口元に自分の首筋を持っていく。かぷりと彼女がわたしの首筋に食いついて歯を立てる。軽く。少しだけ跡がつくくらいに。わたしはこのとき、ふうっと息をついて、それでベッドに流れた彼女の髪を小さく躍らせて、どうして今自分がほっとしているのかを考えたりもする。
 ――わたしは見知らぬ誰かに手足をもがれて、真っ暗な部屋の中で暗闇の天井を見つめている。泣き疲れて喚き疲れて、それから、ただ幸せな想像をしている。まるでマッチ売りの少女みたいに。
 そっと息を吸い込む。シャンプーのとてもよいにおいがした。

#幻視 #幻肢 #Xmas2014

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