両腕のない彼女

 ベッドでうつ伏せになって本を読んでいると、両手のない彼女が被さってきた。彼女はそのままぐりぐりと僕の肩に頭を押しつけてくる。「かまえ」という合図だ。
「んー?」
 よくわからない振りをしてぺらりと本のページを捲ると、彼女は一旦身体を離して、肘までしかない腕の先で僕の背中をごすんと突いた。続けてごすごすと僕の背中に攻撃を続ける。腎臓を狙って突くのは止めて欲しい。仕方なく身体をずらして避け、ベッドに突き刺さった彼女の腕を掴む。右腕。続いて心臓を狙ってきた左腕も受け止める。
「お願いですから、毎回急所を狙うのは止めてください」
 僕が言うと、彼女は言葉を探すように斜め上に目をやり、また僕のほうに顔を向けて言う。
「ワンショットワンキル!」
「よくわかりません」
「日本語で言うと一撃必殺」
「一撃じゃないですし殺されたくもありません」
「いやなの?」
「まあ、理由なく殺されるのは誰でも」
「遊ぼう」
 小学生のやり方ですよね、という言葉は一応飲み込んだ。もう命を狙ってこないだろうと判断し、腕を放してから、そのままの流れで彼女の頭を撫でる。最近はそういう自意識が芽生えてきたらしく、彼女は一旦難しい顔をするが、しかし撫でていくと結局気持ちよさそうに目を細める。
「何します?」
 声をかけると、はっと我に返った彼女が短い腕を僕に向けて言う。
「そうだ。足舐めて」
「…………」
「え? 何、その目は?」
「何目的ですかそれは?」
「ん? 足コキだけど?」
「さ、ややこしくなってきた」
 彼女の主張をまとめてみるとこうだ。私(彼女)の腕は肘までしかない。そのためにけっこう君(僕)にはお世話になっている。生殖行為のときも大体「する」よりも「される」ほうだ。私が「する」にはどうすればいいのか。考えた末、足コキというものにたどり着いた。しかし足コキをリアルでするには濡らさないとひどいことになるらしい。というのを全部すっ飛ばしての「足を舐めろ」発言らしい。「どこから突っ込んだらいいんだろう」というのが僕の正直な気持ちだった。
「足を舐めるのはやぶさかではないですが」
「やぶさかじゃないのか」
「別に足でやってもらわなくても」
「君は足コキ嫌いか」
「足コキゆうな」
「ふむ。もっと扇情的な表現がお好みか」
「誰もそんなこと言っておりません」
「唾液で濡れて妖しく光る乙女の足が、男の太ももの上をぬめぬめとした跡を残しながら滑り」
 僕は手を被せて彼女の口を塞いだ。すると彼女にてのひらを舐められる。そうした一連のやり取りが最近ではワンセットのようになっていた。
 噛み合わない協議を重ねた末、僕の変態性と彼女の真っ直ぐに間違えた主張とを鑑みて、とりあえずのところ足を舐めるのだけはやってみることにした。しかし床のゴミや埃のついた足を舐めるのはごめんこうむりたいので、担ぐようにして彼女を風呂場に運ぶことにした。たぶん、通の人は靴下を脱いだばかりで蒸れて汗ばんだ足などを好むのだろうが、残念ながら僕はそこまでのレベルには到底達していなかったのである。 
「君はもう少しムードのある抱っこの仕方を覚えたほうがいいと思うぞ」
「ムードに関しては貴女に言われたくないですね」
「何を言うか。こんなムード満点の女もめずらしいぞ。うひひひ」
「何故そこでおっさん笑いをするんですか」
「そうしない落ちないじゃないか」
「落とす時点でムード関係ねえよ」

 #幻肢 #おっさん #おっさん

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