夜祭

 祭囃子が聞こえる中で、できるだけ道を間違えて、人のいない、人ではない人が多く紛れる路地に入り込み、何の肉かわからない牛串をガツガツしながら歩を進める。牛串はただ牛肉を串に刺して焼いたものではなく、牛串という別の食べ物なのだと思う。
 綿菓子の甘いにおい、かき氷のひんやりとしたにおい、焼きもろこしの香ばしいにおい。それらに混じってうっすらと漂ってくる、水と涙のにおいをたどっていく。ミルクせんべいやたこ焼きのにおいに心を奪われかけたりしながらも、やがてわたしはそこにたどり着いた。
 雨上がりのような懐かしいにおいを感じながらしゃがみ込み、そっと手を差し出すと、露店の店主が金魚すくいのポイを渡してくれた。指先でくるると回してから、水槽の中にポイを静かにつける。指先がぽつんと濡れて、今日みたいな蒸し暑い夏の夜にはほんのり気持ちがよかった。
 ポイとわたしの指先に驚いたのか、眼球の一匹がぴちゃんと水を跳ね飛ばした。こうした露店の眼球でも、ちゃんと視神経がついていて、金魚のしっぽのように涼やかな音を立てる。水の動きと跳ねる音に操られるようにポイを動かす。「もっと隅っこのほうを狙ったほうがいいよ」と店主がアドバイスをくれた。
 ポイを二つ、四百円使って眼球を二つすくった。一応わたしは人なので、そんなにたくさんの眼球はいらない。負け惜しみではなく。店主に頼んで空いている眼窩に嵌めてもらうことにする。そっと顔を寄せた。このときはいつも気恥ずかしいような怖いような気持ちになって、心臓の音が大きく耳元で響く。
 嵌った眼球を一度瞼で馴染ませてから開けた。眼球すくいの店主の白く濃い霧のような顔が正面に見える。じっと見つめていると、その白い霧に淡い桃色が混じったような気がした。帰りに綿菓子でも買おうかなと思う。
 露店ですくった眼球はだいたい三ヶ月くらいで死んでしまうそうだ。逆に何年も何十年も生き続ける眼球もいるらしい。片目を瞑って、瞼の上からその丸い形をなぞると、愛おしさが滲んだのか口元が笑みを作った。この子は長生きするといいな、と胸の中で呟く。

#小説 #夜祭

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