水中で必死に足を動かす白鳥のように、風船太郎は常にしゃがみスクワットで移動している。

白鳥は水中で必死に足を動かしている。

あらびき団に出演している風船太郎にも、同じことが言える。

2018年末にいちばん熱心に観ていたのが「あらびき団」。一見やっつけで作ったようなざっくりした美術と編集で、視聴者のハードルを下げさせて観るお笑い番組だ。
サーカス団員を募集している設定なので、芸人だけでなく、ミュージシャンやダンサー、まだお笑い養成所に通ってる素人まで登場。次に誰が出て何をやらかすかわからない。

それにライトとレフト(東野幸治・藤井隆)が笑い転げ、ときにけなしまくる。これが「手荒な歓迎」みたいな。ネタが未熟だろうと、若手だろうと年寄りだろうと、
「表現者として出てきた以上、お前らみんな仲間や」
とバンバン背中を叩かれてるみたいな。あらい。けどあったかい。あらびき時空とでも言うべきものが出来上がる。

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「風船太郎」は、あらびき団常連の大道芸人。サーカス団だから風船パフォーマーは必須だ。
彼の場合はバランスボールぐらいの風船に入っちゃう。首だけ出して、ぽよんぽよんと跳ねて移動してスポーツをしたり、チャレンジをするんだけど、毎回途中でパン!と割れておじさんが転がり出てくる。そういうお約束だ。

風船が割れてすぐ、爆笑してるふたりの映像に切り替えるので、初見さんにも「失敗した?」と驚くヒマをあたえず、
「この失敗は笑っていいやつなんだ」
とわかる。マジシャンの帽子から死んだハトがどさっと落ちたときに、先に爆笑して客を導くような役割。

風船太郎の「失敗芸」は、この番組のフォーマットでのみで成立する。本職は大道芸人で、風船を割らないようにして、子供たち相手に喜ばせる活動をしている(たぶん)。だけど、よりインパクトある芸が求められるテレビでは、失敗して笑われ役に撤する。

その風船太郎、近年ネタの方向性を変えてきた。
風船をきたまま寝そべり、風船の中からゆっくり足をのばして、割った音の直後に走り出すビーチフラッグ。
そして衝撃の「スイカ割り」。顔に風船をかぶって肉体を出した、風船よりも太郎が出ちゃった状態ですいかを割ろうとして、棒を振りかぶって、頭の風船を割ってしまう。

ライト・レフトの解説フォローも必要なく、単品で芸として完成している。
この年の番宣で、東野・藤井は
「今回の印象に残った人は?」ときかれて、風船太郎と答えていたはず。
笑われ役から、笑わせる側に転じた。パーン!と一皮剥けたことが伝わっていたのだ。

「脱いだらマッチョ」の衝撃もでかかった。長州力みたいな体になってた。
風船を着て移動しているときは、本当に風船の弾力で軽やかに動いているように見える。


実際は風船の弾力で移動しているわけないないのに、それを意識させない。風船の中でずっとしゃがみからの小ジャンプを続ける。逆に体を出して、風船をかぶって歩くときには、のしのし歩く。あの短い出演時間に反して、普段は相当ストイックに研究とトレーニングを続けているイメージがある。

・・・風船チャレンジ、本当に失敗するつもりでやってたんだろうか?
本気で成功して、拍手を浴びるつもりでやってたんじゃないだろうか。

2018年末の「あらー1グランプリ」では、夢だったという町ぶらロケに挑戦。
そんな夢、初耳だ。というか何がきっかけで風船芸をやって、どういう趣味、思想の持ち主なのか全然しらない。
風船に入ったまま商店街を弾み、立ち食いそば屋に入り、口を使って割りばしを割って食事する太郎。
やはり無言で、体をぷるぷるさせると、ライト東野が
「おいしい言うてる!」
と翻訳する。動物番組みたいだ。

今までずっと「風船が割れたら即END」ルールだったのに、ゲームの2機目が出撃するみたいに、何事もなかったかのように風船太郎は次の店に行ったし、最後も自分の手で終わらせた。
安定してうけるパターンが完成していたにも関わらず、そこにとどまらなかった風船は、すでに次のステージに弾んでいった。

白鳥は、本当に水中では必死に足を動かしているのだろうか。
本当のところは知らない。全ての白鳥を観察したわけじゃないし、全ての風船太郎を観察したわけではない。

だけど、楽に生きているように見える人が隠れて努力していたり、つらい過去を乗り越えていることはあるはずだ。想像することを忘れないようにして生きていきたい。

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。