「プリニウス」9巻

漫画「プリニウス」で、言葉を喋れず引き取り手のいなかった奴隷の女が、読み書きの勉強をはじめた。

プリニウスはぜいたくな漫画。
古代ローマの学者の旅と、皇帝ネロの政治の話が並行して描かれている。
ぼくのように人間関係が完全に理解できてなくても、描き込まれた世界や、皇帝をめぐる不穏な空気がじわじわ沸騰してくるのがつたわる。
実際にプリニウスの研究成果に残されているらしい?半魚人やミノタウロスを、現代日本の漫画家がどう解釈して、どんなビジュアルで、いつ出すのか、といった楽しみも。
うわずみだけすくって読んでも充実した気もちになる。

古代ローマは奴隷制度があって、育児をまかせられない女や肉体労働ができない男は、ペットショップの売れ残り同様、檻で在庫になっている。

その中に、何年も前に登場してフェードアウトした奴隷の女が、思い出したように9巻で再登場する。
能力はなにもなく、「性」しか売りものにならなかった、そのことをひどいこととも描かれなかった奴隷は、理解のある主人に買われて、読み書きの勉強をはじめる。

自分が思ったことを書けるようになったら、それは自分の価値になって、生きる手段になる。
人生がやっと始まる、かすかに光の射す場面。
若いころに留学して、最初は自分を伝えることができなかっただろうけど、自分の考えを書くことで人生を変えたヤマザキマリさん本人と、重ねてしまう。

9巻は、不安定だった皇帝がいよいよ危険な状態になる巻。
ふっと再登場した奴隷は、今後の話に関わらないかもしれない。たぶんもう登場しない。けど、この漫画は重要人物以上に、ちょっと出た人や背景が記憶に残る。話の「つなぎ」ではなく、出てこないだけでずっと生きている感じがする。

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。