見出し画像

永野「年下で笑えない」は暴論ではない

むしろ「あるある」かもしれない。
ピン芸人、永野の「年下の芸人で笑えない」話から、年下の芸人が永野を笑わせたら自腹で100万出すという企画になった。(本当に出しそうな気がするのがいい)

「年下で笑えない」「笑点では腹かかえて笑う」
暴論みたいに扱われてるけど、僕には、まだ言葉にしてないことを言い当てられた気がした。

番組内では「永野が変な感性だから」という扱いだけど、
たとえば居間のテレビがつけっぱなしになっていて、娘はケラケラ笑っているのに、お父さんは苦い顔でお笑い番組をむすっとにらんでいる。
そんな状況あるでしょう。
「年下だから」が絶対あると思う。年下の声の大きさやテンポはつらくなってくる。

年上おじさんたちが大騒ぎしているとうらやましい。自分にも楽しい未来がある気がする。若いやつが大騒ぎしているのはうるさい。
逆の立場で、笑わせる側も、世代の違う人たちを笑わせるのは難しいと言っている。拒絶されたか、ついてきてくれなかった。

お笑い以外でも心当たりある。
時代小説なんて、昔は研究者みたいな人が書いたのをイメージしていた。理解できなければ未熟な自分の経験不足。描写が間違ってるとは思わない。

今、年下が歴史小説で賞をとっている。すごいなあ、俺とは違う世界を勉強してきたんだなあ、と違う感心の仕方をする。嫉妬や自分への不甲斐なさが混じる。

アイドルなんて年齢で「憧れ」か「可愛がる」か、見方がかわる。
年下のミュージシャンの、特に詞に共感するのは難しい。使い古されたこと歌ってるなあ。しょうもないことで悩んでるなあ。これが新鮮なのか。

特に、親御さん世代に嫌われる存在として「ユーチューバー」が浮かんだ。
最近は変わってきたけど、ユーチューバーはなんか嫌な感じのやつら、って言われ方が長い。

じつは、ユーチューバーではなく、年下が嫌だったのでは。

お年寄りだけど好きなことを配信しているおじいちゃんユーチューバー、仕事をやめてから機械の勉強をしたおばあちゃんインスタグラマー。
これなら、観もせずに「ユーチューバー?くだらん!」とは言いづらいはずだ。言ったら負けな感じがする。

年下のやることで笑えない人は多い。
やっていることの凄さを知れば笑えるし尊敬できるけど、年下が騒いでる様子を「楽しそう」と言えない大人がふつうだ。
だけど、それを口にすると老害扱いされるのが怖くて言えない。

「自分が見たもので笑えるか笑えないか、その程度のことですら決められないんだろ」と永野さんに言い当てられた気がした。

最近は長い本をゆっくり読んでます



読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。