ロンドン生活157日目

テートモダンに行ってきた。テートモダンはイギリスを代表する現代アートの美術館であるが、もともとの建物は1967年にロンドンの電力不足を解消するために建てられた発電所であった。その後北京オリンピックのメインスタジアムを手がけたヘルツォーク&ド・ムーロンの設計により改修が決定。ミレニアムを祝う2000年、'golden age'(※)と呼ばれたイギリスの文化芸術の黄金時代を築いたトニー・ブレア首相のもと、テートモダンは華々しくオープンした。

かつて大型発電機が置かれていたタービン・ホールはがらんどうの大空間がかっこいい。現在はKara Walkerの作品の展示も行われている。

本日の目当てはNam June Paik(ナム・ジュン・パイク)(1932-2006)。アートとテクノロジーを融合したいわゆるメディアアート的なものの先駆者の一人である。日本統治時代の京城(現在のソウル)に生まれ、東京大学文学部美学・美術史学科を卒業後、ドイツのミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。以後ドイツ・アメリカで活動した。作品には音楽・美学のハイカルチャー からテレビなどのポップカルチャーに加え、仏教や禅への関心が組み合わされるが、全作を通して、東洋的精神のもとでの西洋文明へのまなざし(あるいはその逆)が意識される。

 TV Buddha (1974)...監視カメラにより仏像がテレビ画面に映し出されているが、仏像は画面と向かい合わせとなっておりお互いを見つめあっている。そこではブッダは見るものであると同時に見られるものである。

TV Garden(1974-7)...植物にテレビが生えている。テレビにはハイカルチャー(ベートーヴェンのソナタ)とポップカルチャー(The Beatの楽曲や日本のコマーシャルなど)が切れ切れに流れている。テクノロジーが自然と合体した未来の姿を想像したらしいが、ブラウン管テレビは時代を感じる。今だったらMacBookとかだろうか。

One Candle (Candle Projection) (1989)...こちらも監視カメラにより一本の燃えているロウソクが撮られており、時間をずらして複数の映像として壁に投影される。また、光の三原色(赤・緑・青)に分けて映し出されている。鑑賞者が部屋に入ってくるときの風により炎が揺れ動き、その現在性と、すべてのものは繋がっており、絶え間ない変化のうちにある、という仏教的世界観が表されている(らしい)

Sistine Chapel (1993)...42個のプロジェクターにより、四方の壁+天井に4つの映像がランダムに同時に投影されるインスタレーション。坂本龍一、Living Theatre、Janis Joplin、Charlotte Moorman、Allen Ginsberg、David Bowieなどが登場する。Paikのキャリアの総まとめをしたような作品。

このnoteでは省略してしまったが、ジョン・ケージに影響を受けた作品群や、シャーロット・モーマンとの共同制作の作品もよかった。多国籍の文化が混ざり合ったカオスが面白かったし、Paikの人生を辿っていくような展示構成もうまかった。

外に出ると、街は霧がかかっていて、The Londonって感じだった。テンションが上がってタワーブリッジの近くまで歩いたら疲れた。


※golden age...1997年、16年間続いた保守党政権が終わり、ニューレイバーと呼ばれた労働党が政権についた。当時の首相トニー・ブレアは就任当初のマニフェストにおいて、ウィリアム・ブレイクの言葉をもじり「States do not encourage the arts; it is the arts that encourage states. (国家が芸術を振興するのではない。芸術こそが国家を元気にするのである。)」と宣言した。実際、労働党が政権を退く2010年までに、芸術に対する国家予算は倍増し、国営の美術館・博物館の入場料は全て無料となり、来場者は年間2400万人から4000万に急増した。また、「Creative Britain」の旗印のもとに進められたCreative industry(創造産業)はGDPの10%を占めるまでに成長した。一方で、「文化政策は経済政策の一部となり、文化は産業となり、芸術は商品となった」という厳しい批判もある。

(参照:Hewison, R. (2014) Cultural Capital -The rise and fall of Creative Britain-. London: Verso.)