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第13回「もつべきものは」

 学生の頃、大人になりたくない、大人になったら、体も動かなくなって心も萎れていくのだろうと、誤ったことを想像していました。なぜ「不惑」などというのだろう、萎れた心で迷うことなどないはずと…もうすぐ50を数える歳になり、そのときの自分の誤りを微笑ましくさえ思うほど、快適で学ぶことが多く、充実しているイマがあります。未だに解決できないことがあったり、決断を誤ったり、なるほど不惑だなという実感もあります。
 より先輩の言葉をありがたく感じ、もっと昔のことを聞きたいと心底思うようになりました。僕たちが暮らすこの社会の礎は、どのようにして築かれたのでしょうか。

 最近、公私ともにお世話になっている方に、夏の終わりのイベントに招いていただきました。同級生の集いに、ゲストが何名か合流し、浜名湖のプリンス岬に集合するのです。アプローチ練習ができるような広い庭に、井戸水で満たされたプールが存在感を示します。仮に僕がどんなに努力しても現実的に建てられないであろう別宅からは、浜名湖を一望でき、優雅で長閑な時間が流れ、セミやスズムシが季節を奏でます。
 この素晴らしい環境は、もうご相伴にあずかる他ありません。そうできることを幸運に思い、楽しく過ごしました。

 同級生の方々の年齢は70を越えているのですが、僕が学生の頃大人に対して抱いた偏見を真っ向から否定するような快活で陽気な姿に、大いにインスパイアされます。とにかくその話す内容が楽しいのです。捧腹絶倒、昭和を築き上げた苦労話も愚痴も一切ありません。ご本人たちが比較的恵まれた家庭に育ったと謙遜されていることも要因のひとつかもしれませんが、それぞれのエピソードが幸せに満ち溢れています。おおらかな時代だったことが、よくわかります。教師の平手打ちも愛情たっぷりの時代。

 こうした時代背景のポジティブな先輩方のエピソードは示唆に富んでいます。どの方のどのエピソードもです。そのベテラーノが異口同音に仰るのが、「もつべきものは友」。一人で何かを成し遂げても楽しくはないと、笑いあえる友人が家族以外にいてからこそのそれだと。
 それぞれの数十年を過ごして、毎年集まって子供のように笑って過ごすシーンに、グッドエイジングを心掛けさせられます。個にフォーカスされすぎる時代だからこそ、より友情や愛情を大切さが際立つのでしょう。激しい夕立のあとの静かな湖畔で、どのようにしてこの社会の礎が築かれたのか少し理解した気になりました。2020年、よい夏を過ごしました。

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