『地方史のつむぎ方』を発想する
2018年7月、北海道科学大学に呼ばれて、『地方史をつむぐ 聞き取り取材から出版まで』という講演をすることになった。それまでも講演をしたことはあったが、大学生ではなく、年配の方々が相手である。私の話が若者の興味をひくだろうか。不安を抱きつつも、『南後志に生きる』のなかの一章について話した。幼い頃に父親を事故で亡くした女性から電話が入ったことをきっかけに、その事故を報じる新聞記事を見つけ、残された妻子のその後を尋ね、文章を書いて、自費出版に至るまでの顛末である。
1時間ほどで語り終えると、教授が問う。「せっかくの機会ですから、なにか聞きたいことがありませんか?」。30人ほどの学生たちが次から次に手を挙げる。「聞き取り取材をして卒論を書きたいのですが、どんなテーマがいいですか?」「自費出版するのに、どのくらいお金がかかるのですか?」。質問が続く。驚いた。日本の大学生はいつの間にこんなに積極的になったのか。約20年前の私の経験では、「質問ありますか?」と教員が問いかけても、学生は静まり返っていたというのに(講演の模様はこちら)。
若い人たちにこれだけ受けるなら、私が地方史に取り組んできて得られた経験や知識を一冊にまとめてはどうか。次の著作のヒントを得た。
ただ、その発想をいつ具体化させたのか。記憶はあいまいである。パソコンのフォルダをあさってみた。すると、8月にすでにタイトルや目次を作っていた。『地方史の調べ方』という5部構成の本を考えていたらしい。
第1部は「資料を調べる」と題して、「人口を調べる」「漁獲統計を調べる」「農業統計を調べる」「気象観測資料を調べる」「天気図を調べる」「鉄道統計を調べる」「日本軍資料を調べる」「米軍資料を調べる」「海難事故を調べる」「図書館を使う」「ciniiを使う」「google booksを使う」「アジア歴史資料センターを使う」といった章が並ぶ。つぎの第2部は「現地を歩く」と題して、「廃道を歩く」「廃線跡を歩く」「鉱山跡を歩く」「鰊場跡を歩く」、第3部は「話を聞く」と題して、「人と出会う」「人を探す」「話を聞く」「取材メモをとる」、第4部は「文章を書く」と題して、「構成を考える」「視点を考える」「日本語の作文技術」「発表の場」、第5部は「自費出版の方法」と題して、「ワードでも本は作れる」「デザイナーと組む」「本を編集する」「印刷の発注」「宣伝と販売」「自費出版はペイするのか」といった章が並ぶ。さらに付録として、インタビューを構想している。「古文書を調べる」「建物を調べる」「地名を調べる」などと書いて、思いつく相手の名前も添えている。といっても6人だけである。
それから、紆余曲折があった。さきに構想していた『続寿都歴史写真集』を優先し、2021年6月に自費出版した。そして、『地方史の調べ方』を書き進めるが、自分の知識や経験だけでは心もとないと気付く。私がこれまで本格的に取り組んだのは、北海道のごく一部の歴史にすぎない。周囲を見渡せば、私の知らない分野や私の知らない手法で歴史に取り組んできた人たちがいる。インタビューを全面に出した方がいいのではないか。2022年1月からインタビュー取材に歩き始めた。2023年4月までに24人に会った。
構想から5年半後に完成した本は、『地方史のつむぎ方』とタイトルも変わり、第1部は「地方史調査と私」、第2部は「地方史を調べる人たち」、第3部は「資料を調べる」という構成になった(目次はこちら)。第3部は最初の構想と似た形となったが、第1部と第2部は大きく変わった。私に発想を与えてくれた大学生たちも、もう社会に出ているにちがいない。あのときの講演をきっかけにこんな本ができたと知ったら、喜んでもらえるだろうか。
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