鍾乳洞の時間単位

人間の100年も鍾乳洞の中では僅か数秒に満たない。

天井面から重々しく垂れ下がる鍾乳石と地面から鋭く伸びる石筍が、僅か数センチの隙間を埋めて触れ合うまでに、人間は数世代入れ替わる。

その途方もない時間に、浸りたい。

立派で理想的で誰もが羨むような生活から、程遠い場所にいる。沢山の雑音に囲まれて、誰かと比較して、自惚れて、苦しんで、それを繰り返す。悠久の時を刻む鍾乳洞の中で、こんな感情の変化は空気の揺らめきに過ぎない。一人の人間はあまりにちっぽけな存在。

そうであって欲しい。

人間より遥かにゆったりと進む洞窟の時間が、雑念の全てを見下すことなく、分析もせず、そこに存在することを許してくれることを、心の底から願っている。

些細な選択が持つ人生への影響力。
家の中で独りで考えれば人生の価値にかかわる重大な力を持つけど、鍾乳洞の中では天井から滴る一滴の水にも満たない微細な力でしかない。

どれだけ後悔しそうな選択をして、実際に辛酸を舐めることになったとしても、それは単なる経験値。
どんな道を選んで、ずいぶん手間と時間がかかったとしても、それは単なる遠回り。

人生に失敗も成功もない。そう信じたい。

……なんて、色々と考えてみるけれど物事をわざと難しく解釈して、何か縋るものを探しているだけなのかも知れない。そんなことに気づく。

浅はかな考えを聞こえの良い言葉で飾っているだけ。

きっと鍾乳洞の中でその考えを披露したところで、ぽちゃんと水の滴る音が返ってくるだけなのだろう。

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