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蒸し暑い夜の帰り道の話

蒸し暑い。嫌になるこの暑さ。

日はとっぷりと沈んで、マンションの明かりが闇の中を飾っている。太陽エネルギーは存在しないのに、雨上がりの湿気た大気はばっちり生暖かい。 

汗でベタつく肌にズボンが張り付いて実に不愉快。一歩踏み出すたびにペタペタとしつこい。そう思いながら駅に向かって歩く帰り道。静かな夜。

電車の中はエアコンが効きすぎているから、念の為にカーディガンを持っている。カバンに入りきらないから、仕方なく腕にかけたそのカーディガンまで、こころなしか湿り気を帯びている気がする。まるでそれ自身がエネルギー源かのように、人肌くらいの温もりを持っている。

電車は遅延していた。どこかで停電したらしい。
いつも乗っている各駅電車は、これまた遅れている向かいのホームの快速電車を待ち合わせている。車両のドアは大きく開いて乗客を待っている。しかし遅れている快速電車はなかなか来ない。

空いている車両の端っこの座席に座る。案の定エアコンは効きすぎていて、窓の外は暗くて、車両の内側は白く明るい。
大きな羽虫が胸元に止まって息を呑む。これだから夏は嫌になる。光に呼び寄せられて、見たことないような虫が飛んでくるから。

手にしたスマホで虫を弾き飛ばす。
地面に落ちたそいつは、しばらく床を這った後、大きな羽を広げて宙を舞い始めた。最悪だ。

ようやく待ち合わせの便がやってきて、向かいのホームの快速電車は先に出て行った。ゆったりと揺れる各駅電車の車両の中を羽虫が飛ぶ。それを目で追いかける。

途中の駅で乗ってきて隣に座った高校生二人組が「電車の優先席に座るなんてできない」という話をしている。毛先を青く染めて「五時限目はサボる」なんて言いながら、立派な心がけである。
でも、自分の調子が悪い時は座ってもいいと思うよ。そう考える自分に、ちょっとだけ年を感じる。

自分も高校生だった時がある。つい最近のことのはずなのに、なんだか懐かしく思えてしまう。

あの頃の夜は、もっと輝かしかった気がする。
夏は暑くて、でも見えないエネルギーに満ちていた。でも、あの頃から虫は嫌いだった。

変わらないものと変わってゆくもの。

昔のほうが、きっと楽しかったんだと思う。

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