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【ドラマ感想】椿の花咲く頃

「椿の咲く頃」Netflix

これまで観てきた韓国ドラマは、
見るからに美男美女の、ときめき胸踊る、現実世界ではありえないような
そんな夢を見させてくれる恋愛ものが多かった。

これもまた、恋愛ドラマだけれど、
正直に言って美男美女、とは言い難い。

もちろん、主演のコンヒョジンもカン・ハヌルも、きっと美男美女には違いない。
けれど、この物語の中では、ドンベクもヨンシクも周りが羨むような美男美女というわけではない。

物語の舞台も、ソウルのような洗練された都会ではなく、
田舎の町。
地味で何も事件の起こらなさそうな、辺鄙な町。
一見して魅力を感じなさそうなのに、
見ると、そこには普遍のものを感じさせる、力のあるドラマだった。

あらすじ

オンサンはケジャンが唯一有名な田舎町。
そこの住人はみんな知り合い。
子どもたちは垣根なく育てられる。
お昼ご飯も晩御飯も首根っこ掴んで、こっちで食べていけと
言われる。
あのお店は同級生のお母さんがしている店。
こっちのお店は同級生のお姉さんが営んでいる店。
誰もが知り合いの町で、他からきた人間はどうしても目立ってしまう。
そんな町にやってきたのがドンベク。
ドンベクは、未婚で赤ん坊を一人抱え、この町でスナックを始めた。
気の強い女たちばかりのオンサンにやってきた、おとなしそうなドンベクに
男たちは喜び、女たちは反感を抱く。


一方、オンサンでは、連続殺人事件が起きていた。
ジョーカーと呼ばれる殺人者が、こののどかな田舎町を震撼させていた。
そして、そのジョーカーの目撃者となったドンベクは
町で益々孤立していくことになる。
6年の歳月が経ち、ソウルで警察官をしていたヨンシクが
左遷されて、自分の地元オンサンの派出所へ赴任してくる。
そこで出会ったドンベクに一目で恋に落ちるヨンシク。
孤軍奮闘していたドンベクに、真っ向から愛を打ち明け、
全てを受け入れ、認め、応援してくれるヨンシクに惹かれるドンベク。

オンサンという田舎町で織りなす、
二人の恋の行方と、連続殺人事件…

脇を彩る名優たち

いくつか韓国ドラマを見てきて、お馴染みの名脇役の方が
たくさん出てきた。

まず、「サイコだけど大丈夫」で自閉症のお兄ちゃんを熱演していたオ・ジョンセさん。町の有力者、ノ・ギュテを演じている。いばりん坊だけど、間が抜けていて、なんとも憎めないノ・ギュテ。妻に頭が上がらないため、なんとかドンベクに自分を特別扱いして欲しくて、何かと仕掛けるものの相手にされず、ドンベクのお店「カメリア」で働くヒャンミに利用され、お金を請求されてしまう。妻には離婚され、挙句に連続殺人犯の容疑者にまでされてしまう…けれども最後まで憎めないそんなキャラクターを今回も大変魅力的に演じていた。

それから、「悪霊狩猟団カウンターズ」でみんなのお母さんのような存在だった、ヨム・ヘランさんがノ・ギュテの妻、そして敏腕弁護士。聡明でかっこいい女性を演じている。決して美人ではないのに、スーツを着こなして、夫を睨みつけ、いい女なのだ。同性からみて、気持ちがいい女性だった。夫の浮気に怒りながらも、冷静に対処する姿がかっこいい。

「知ってるワイフ」でウジンの母親役を演じていた、イ・ジョンウンさん。ドンベクの母親だが、7歳の頃ドンベクを捨て、ドンベクはそこから苦労することとなる。身寄りなく一人で生きてきたドンベクの前に突然認知症となって、現れ、身の回りの世話を始める。謎めいていて、物語の鍵を握る存在。

そして、今回も脇でかなりの存在感といい味を出していた、キム・ソニョンさん。あの「愛の不時着」で北朝鮮にてユンセリをいびり対立し、やり込められ、口をすべらては怒られていた、憎めない人民班長、ウォルスクさんを演じていた。今回もドンベクをいびる、いびる…ユンセリと違って言い返せないドンベクはモジモジして反撃できない。けれど、そこは情が深い、オンサンの女。ドンベクが殺人犯に狙われていると知って、ドンベクを守ろうと立ち上がる。最終的にはいい人になる、「あるある」を演じてくれる、頼れるお姉さんなのだ。

そして最後に、ドンベクの息子ピルグを演じた、キムガンフン。この子の演技に何度泣かされただろう。「お母さんが弱いから僕が強くならなくちゃならないんだ」「どうして、僕がお母さんを守らないといけないの」「どうして僕は我慢するのにお母さんは恋愛するの」ちょっとふっくらした顔で生意気を言いながら涙を堪える姿に、心を鷲掴みにされてしまう。

母と子の物語

恋愛物語、殺人事件…そして、もう一つ、これは「母と子の物語」だった。

ドンベクとピルグ。
未婚の母としてピルグを懸命に育ててきたドンベクだったが、ヨンシクとの関係、そして、ピルグの父親との再会で、ピルグとの関係性が揺らぎ、
また、殺人犯に狙われる自分の身を考え、息子を巻き込みたくない想いから
ピルグと離れる決意をする。
子を思う母の気持ちと、母を思う子の気持ちのすれ違い。
さらに親以上に純粋にまっすぐ母親を思いやる子の気持ち。
リアルタイムの母と子の絆を感じさせてくれる。

ドンベクと母。
幼い頃に捨てられ、それによって自己肯定感が極度に低いドンベク。
母親は明らかにドンベクの味方のように見えるが、
捨てられたという想いからお互いに素直になれない。
けれど、ずっと味方のいなかったドンベクにも「母親がいるのだ」ということ、そして、イジョンウンさんの力強い眼差しに、少しずつ自信を取り戻していく。
どうして再びドンベクの前に現れたのか、その理由を知ったとき、
母の気持ちの強さに失っていたものを取り戻す。

ヨンシクと母。
ヨンシクの母親はオンサンのドンと呼ばれ、強い女たちの間でも慕われ、恐れられていた。女手一つでヨンシクを含め3人の子どもたちを育ててきた。とりわけ父親が亡くなってから生まれたヨンシクには、並ならぬ愛情をかけ、その将来を気にかけてきた。ヨンシクとドンベクが出会う前は、唯一のドンベクの味方だったが、ヨンシクが別の男性の子どもの父親になることを思うと、どうしても受け入れがたく、賛成できず思い悩む。
ドンベクには幸せになってほしいが、自分の息子にも幸せになってほしい。そこがイコールになることがなかなか難しいということは、私にだって想像できる。

殺人事件が解決するときにもまた、親子の物語だと、痛感させられるのだ。

映画「ペイフォワード」を思い出す

昔、「ペイフォワード」を観たときにいたく感激した。
隣の人に差し出す、小さな親切がやがて世界中を幸せにするのだ、と。
なんと、すごい発想だろうか、そんな人に私もなりたい、と思った。
この「椿の花咲く頃」もそんな物語だった。

オンサンの町の人たち、みんなの小さな親切が集まり、やがて大きな奇跡を起こす。
何も力のない人々でもみんなが集まれば、大きな奇跡を起こすことができる。

ヨンシクが殺人犯に向かって最後に言う。

「悪人はそういないが、善人はいくらでもいる。映画なんかでもそうだ。
警察は常に群れをなして悪に立ち向かうだろ?
悪人がどうあがいても
頭数では勝てない。
これが”数の論理”さ。
優位に立っているのは俺たちなんだ。」

悪い人は確かにいなくならないけれど、
小さな田舎町にも確かに怖い人もいるかもしれないけれど、
でもみんなで立ち向かうのだ。
挫けずに、小さな力をたくさん集めて。

辛いことがあっても、ずっと自分を曲げずに力強く生きてきたドンベクは
最後にはみんなの力添えを得て、さらに強くなる。
ああ、私もドンベクのように生きよう。
私も隣にいる人に小さな親切を積み重ねて生きていこう。

悪いことをされたから、悪いことをするのではなく。
悪いことをされても、
自分はいいことを積み重ねて生きていきたい。
ドンベクのように。


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