カツラじゃなくて分身
来年還暦を迎える母は最近てっぺんハゲに悩まされている。今日は三個目の分身を鏡の前で試している。今までの分身二つは3000円くらいだったらしいが、今回の分身は奮発して3万9850円も出したらしい。
カツラの威力は割とすごくて、遠くから見ると全然分からない。ちなみに、母はカツラをカツラと呼ばず分身と呼んでいる。カツラと言ったら分身と言いなさいと言われるので注意して欲しい。
今日は3万9850円の新しい分身のお披露目会をした。今回の分身は今までと違い、サイドの髪と後ろ髪が付いているが前髪は無いタイプ。
「前髪があると分厚くなるから嫌やねん」
と息を弾ませながら付けたが、今回は前髪だけ明らかに薄く、サイドと後ろ髪はボリュームがあり頭が宙に向かってとんがっている。あまりにとんがっているから、幼稚園生が見たら宇宙人が人間のフリをしていると思うのではないかと言ったが無視された。
前髪もサイドから少し持ってきて作らないと不自然だと妹と私はアドバイスするが
「えーでも前は前髪切ったらボリューム多すぎてん。しかも上にパッと乗せてピンで留めるタイプやったから、ピンの部分が頭皮に刺さって痛かったし、急いでた日に少し後ろ目につけてしまった暁には「前髪切ったの?」ってパートのおばさんに言われて、急に前髪が伸びたらおかしいからしばらくわざとオン眉気味につけなあかんかったし」と文句ばかり言っている。その後も母の分身お披露目会は続行した。
「なぁどう?いい感じやろ」
「だからてっぺんが宙に向かってとんがってるって」「ちょっと引っ張ってみてーや。取れへんか。」
そう言われたので妹が遠慮がちに引っ張るとすぐにフワッと頭皮から浮かぶカツラ。
「全然あかんやん。ていうか誰もお母さんの頭引っ張ったりせえへんから」
「それもそうやな」
「そんな事より風で飛んでいかへんか試した方がいいんちゃう?ちょっと扇風機の前に膝立ちになってみて」
ヴォーーーっという音と共にカツラは風に靡いたが、今度はしっかり頭皮にしがみついて離さなかった。
「まあ風は台風とかきいひんかったら大丈夫なんちゃう」
「そんな事より前髪やっぱあった方がいいかな。でも浮くねんなぁ」
とずっと同じ事を繰り返し言うので、お披露目会はお開きになり妹も私もそれぞれ自分の部屋へ戻って行った。
お母さんの分身を、カツラと言い笑いあっていた妹と私だが、その笑っていた人の遺伝子を受け継いでいる私たちは決して笑っている場合では無い。
みなみ まる