フィンランドで、男女混合・全裸サウナ。 そこは世界一「幸せ」な人たちが「孤独」を寄せあう場所だった。
見知らぬ男性と“全裸”でサウナに入ることになるとは思わなかった。
フィンランドの首都・ヘルシンキにある「カウリランサウナ」でのことだ。
1週間の休暇をもらって、フィンランド・サウナ旅に出かけた4日目。
本場のサウナの作法に慣れてきたところに、男女混合・全裸という新しい衝撃がふってきた。
「水着は、誰も着ませんよ。ここではね」
おろおろする私を見かねて、声をかけてくれる地元客とおぼしき女性。
周囲にはすでに全裸の男女が7、8名、何食わぬ顔でうろうろしている。
「マジか、全裸か…」と大いに戸惑いながらも、郷に入りては郷に従え!の精神で、意を決して服を脱いだ私は、この数時間後、えも言われぬ爽快感とちょっとした切なさを胸に、この場所をあとにすることになるのだった。
空前のサウナブーム。そしてフィンランドへ・・・
いま日本では空前のサウナブームだ。タナカカツキさんの漫画『サ道』は、サウナ好きのバイブルとしてじわじわ話題を呼び、今年、原田泰造さん主演でテレビドラマ化も果たした。
「サウナ⇒水風呂⇒外気浴(休憩)、サウナ⇒水風呂⇒…」というサイクルで、体を温めたり冷やしたりして弄ぶことで、最終的に「ととのう」というある種のトランス状態にいく。これが、流行りの「サ道」だ。
一方、フィンランドには水風呂がない。サウナ室でちんちんに熱せられた焼け石に水をかけて蒸気を発生させる「ロウリュ」と呼ばれる作業を繰り返し、身体中から汗を噴射させたのち、バスタオルを体に巻いて外の風に当たる。
ガイドブックに載っているような施設にいくと湖や海に飛び込めたりもするが、基本的に“街サウナ”は、サウナ室と外を行ったり来たりだ。
サウナストーン(左下)に水をかけると熱々の蒸気がたちのぼる。フィンランドのサウナは蒸気を浴びるイメージ。
トレンディ、と見せかけてカオスの連続。
カウリランサウナを訪れたのは、「エシカル」「オーガニック」などの言葉がならぶウェブサイトを見て、おしゃれでトレンディな感じがいいなと思ったから。完全予約制でクレジットでの前払い制。結構な枠が埋まっていて期待はMAXだった。
しかし、いざGoogleマップを駆使してたどり着いたのは、鍵が空いたままの無人のほったて小屋。
だ、大丈夫かな…?
出鼻をくじかれた感が否めないまま定刻を待っていると、ひとり、またひとりと、お客さんが集まってきた。
70歳近いであろう恰幅のいいおじさんに話しかけられ、たどたどしい英語で会話をする内に、彼は近所に住む常連客とわかった。週に1回以上はここにくるのだという。
意識高めなトレンディサウナと思ってたけど、こんなヌシがいたとは…。
超閑静なエリアにポツン。鍵開けっ放しだし!
約束の18時。ギリギリにやってきた店主は男性と女性の2人、おそらく夫婦だろうか。バスローブに早着替えした女店主が厳かな立ち振る舞いで玄関のキャンドルに火を灯しはじめた。
全てのキャンドルに火がついた時、私たちは中へと誘われた。室内もキャンドルの灯りだけで薄暗い。大きなテーブルが置かれた空間が、そのまま脱衣所兼休憩所になる。照度が低すぎて、iPhoneのライトを起動しないとほぼ何も見えない。まごまごするうちに常連客の男女2、3人がすでに一糸まとわぬ状態に。
「え、裸?」
持参した水着を握りしめ、下唇をかむ。
羞恥心、とかではない。暗いし、見ず知らずの人たちだし、裸が恥ずかしいわけではないのだけれど、何というか、外したことのないタガを外す気分。経験したことのない「えいやっ」に踏み出す感じ。
いつのまにか迷いが口に出てしまっていた私に、助け舟を出してくれたのが、冒頭の女性客だ。
「水着は、誰も着ませんよ。ここではね」
その言葉に背中を押され、私は全裸サウナの扉をあけたのだった。
脱衣所兼休憩所には、魔術?的な雰囲気が漂う…
どんなに世界が分断されても、汗腺の反応は世界共通!
いざ、サウナ室へ。四畳半くらいのこじんまりした部屋で、床から1.5メートルほど高くなったところに大人10人がみっちみちに詰めて座り、ともに汗をかく。
(上にいくほど熱い空気が溜まるので、サウナ室には段差がつくられている。これは日本のサウナも大体同じだ)
驚いたのは、先ほどまで色々説明してくれていた女店主自らが裸になり、はじっこに陣取って、サウナ室をファシリテートしていることだ。
10人+女店主の計11人がひしめき合う。
しゃべる、しゃべる、ロウリュばしゃーん。
しゃべる、しゃべる、ロウリュばしゃーん。
とにかくみんな、よくしゃべる。
悲しいことにフィンランド語がわからないので蚊帳の外だが、全員わいわい話している。
たまに笑いが起きる。
たまに反論したりもしてる。
そして女店主はどんなに会話が盛り上がっても手を休めない。
バシャンバシャンとワイルドな所作で、サウナストーンに水をぶっかけまくる。その度に私たちの肌を、蒸気たっぷりの熱波が襲ってくる。熱さが痛くて、思わず目をつむる。
うう、熱い、息がくるしい…。
次の瞬間、汗が滝のように出てくる。
言葉はわからないけど、汗腺の反応は世界共通。
暗がりの中で、私たちはうなずきあう。
「いい汗だね!ナイス」といった感じ。
数分ほどサウナ室で汗をかいたら、思い思いのタイミングで外に出る。バスタオルを体に巻いて外気浴。ここでもフィンランド人はよくしゃべる。
「今日仕事しんどかったけどサウナでまじ癒されるわ〜」
「やっぱりここのロウリュが好みなんだよな」
「今日は日本人っぽい人がいるね」
「なんだか日本で流行ってるらしいぞ」
とかこんな感じかなぁ? (すべて想像です)
気温2℃ほどの庭に、バスタオル一枚で佇む。
5分ほど目をつむってゆっくりしたら、中の脱衣所へ。水を飲んだり、化粧水を一旦はたいてみたりして、再度サウナ室へ。
これを2時間近く繰り返す。
照度が低いこともあってか、途中から全裸であることはほぼ忘れ、高揚感と安らぎのあいだで、経験したことのない気持ち良さに身を委ねた。
これが本場の「ととのう」かー…。
気持ちいいかも…。
庭に置かれたファンシーな椅子で火照った体をクールダウン。
常連のおじさんが、日本人の私に語ったこと
まるで何かに入信してしまったようなアドベンチャーの終わり頃、私は、最初に話しかけてくれた常連のおじさんとサウナ室で2人きりになった。
私「もう出ますけど、タライとヒシャクこのままでいいですか?」
おじさん「うん、もうちょっといるから、そのままにしといてくれていいよ。このサウナはどうだった?」
私「うーん、カルチャーショックでした」
おじさん「ははは。他にどんなサウナに行ったの?」
私「ロウリュ(若者や旅行者に人気のイケイケサウナ)とか、ウーシ(これまたオシャレなサードウェイブ系)とか、あとクーシヤルヴィ(郊外の湖飛び込む系)にも行きました」
おじさん「ははは。なるほど」
私「(あれ、外したか…?)おじさんは、ヘルシンキでどこのサウナが一番お好きですか?」
おじさん「わたし?そりゃここだよ」
私「へぇ!なんでですか?」
常連おじさんは続ける。
おじさん「ここはね、わたしがまだ小さかった頃、田舎のロードサイドにあった公衆サウナに似てるんだよ。これが、フィンランドのサウナなんだ」
私「へぇー」
おじさん「今はなかなかこういうところがないからねぇ…(少しの沈黙)。 ほら、行きなさい、もう熱くなりすぎているでしょう」
常連おじさんの優しくて遠い目に少しばかり後ろ髪を引かれながら、私はサウナ室をあとにした。
サウナは、人が孤独を持ち寄る場。
フィンランド人にとってサウナってなんなんだろう。
いそいそと着替えをしながら、おじさんの言葉が頭の中でこだまする。
私は、助け舟のお姉さんに話しかけてみた。
「サウナでみんな、めちゃくちゃしゃべりますね」
「そうそう。フィンランド人にとってサウナって、おしゃべりの場でもあるんです。普段は物静かな国民性と言われてるけど、サウナではみんなよくしゃべる。特に男性はね。家族や仕事の悩みを吐露したり、とてもシリアスな場所になっているんです。フィンランドの公衆サウナって、人が孤独を持ち寄る場なんです」
人が、孤独を持ち寄る場ーー。
そうか、常連おじさんはここで、自分はひとりじゃないってことを確認していたのか。
「世界一幸せな国」って一体…?
話は飛躍するが、人口550万人の北の大地に生まれるとは、どんな気分なのだろう。
2019年には、国連が発表する「世界幸福度ランキング」で2年連続1位を獲得したフィンランド。治安の良さ、子育てや医療への手厚いサポートなどが高く評価された。当然、“世界一幸せな国”の称号を手にいれたこの国の福祉政策やライフスタイルは世界中から注目を浴びている。
しかし、7日間の滞在で私は、どこか数値では測れない孤独感を感じた。
ロシアとスウェーデンの間で不安定だった歴史は、100年前にようやく独立を果たしたものの、今に地続きな近い過去だ。
書店で1番売れているペーパーバックが『IKIGAI(生きがい)』。世界一「幸せ」な国の人たちも人生に悩んでいるのか、と驚いた。
ある人はこんな風に話してくれた。
「キャッシュレス化、ペーパーレス化がとにかく進んでいて、とても便利。役所に行かなくても何でも手続きできる。でも誰にも会わなくても生活が送れるのは少し寂しい」
公共図書館の前には、メンタルヘルスに関する啓蒙活動をする女性たちがいた。
「日本もそうだと思うけれど、この国では自殺の問題がとても深刻だから…」
何なんだろう?何で1位なんだろう?本当に1位なの?
そして、思い出す。
あのサウナ室で、おじさんが生き生きとおしゃべりしていた姿。あれがフィンランドの幸せそのものじゃないの?と。
裸になって無防備に汗を流し、日々のしんどさを吐き出し、明日を生きるパワーを得る。その日、その場を、偶然ともにした人同士で。
親密な「公共」がそこにはあった。
役所の中で設計された「公共」じゃなくて、市民の暮らしに中で育まれてきた汗まみれの「公共」。メンバーシップ制でもクラブ会員でもない。今日誰がいるかわかんないけど、そこにいけば安心できるという「コミュニティ」。
こういう「場」がずっと栄えていけばいいなと思う。
しかし、フィンランドの公衆サウナもなかなか厳しい状況にあるらしい。ヘルシンキ市内にかつては100以上あった公衆サウナが今は、数えられるほどに激減。後継者不足や家庭サウナの普及など要因は色々あるみたいだが、極東のサウナファンの一人として、今こそ何とか復権してもっと盛り上がってほしい、と願ってしまう。
裸の付き合いを一度させてもらったぐらいでこんなことを言うのは何様?って感じだと思う。
でも、ニュースを見れば、世界中どこもかしこもとっ散らかっている時代。
憎しみや分断がインフレを起こして、もはやどこを目指せばいいのかもよくわからない。だからこそ「幸せな国」のトップランナーには、もっともっと前を走って欲しいと願わずにはいられないのだ。
そしてその鍵は、公衆サウナでしかない!
ロウリュで汗腺がプシューってなる瞬間。
あれは本当に、世界平和そのものだと思うから。
*ヘルシンキ、タンペレで訪れた11箇所のサウナレビュー&詳細な行き方は近日公開(多分…!!!)予定です。
ヘルシンキから北へ電車で2時間。サウナの都・タンペレにあるカウピンオヤサウナ(記事のトップ画にも使用)。湖が冷たかったよ〜〜〜。
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