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【イベントレポ】ゴッホ展@上野の森美術館に行ってきた

会期がもうすぐ終わるので、ゴッホ展に行ってきました。

行くきっかけは、会場が近所ということと、中田敦彦のYouTube 大学でした。中田さん、いつもありがとうございます!

印象派とは何か、どんな歴史だったのかは、ゴッホがどんな人物だったのかはこちらの動画に譲ります。


展示概要

展示の点数では、ゴッホの絵画が半分、ゴッホに影響を与えた同じ時代の画家たちの絵が半分という感じでした。

ゴッホは、絵を描きながら、弟に宛てた手紙を相当な枚数書き続けていたのですが、その中の一説がところどころ絵の隣に一緒に表示されていて、ゴッホが他の画家の作品にどう心を動かされたか、自分の絵画にどう活かしたかのかがリアルにわかります。ゴッホを後世に伝える上で非常に貴重な資料だと思います。

手紙は900通あるそうで、どんだけ弟好きなんだ?とか、他に話す人いないのか、ってツッコミたくなりますけどね。中田さんの動画にもあるように、人間関係ではゴッホはあまりうまくなかったようです。

有名なひまわり🌻とゴッホの自画像や夜のカフェテラスは無くて、
まるで燃え上がるような糸杉がかなりフィーチャーされていました。

会場は撮影禁止だったので、ネットで拾った画像を使います。

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初期 ハーグ派に導かれて

ゴッホの若い頃はオランダのハーグ派という流派に所属していて、農民を描くことが中心で、絵のトーンは全体的に暗めでした。ハーグ派の中心人物であるマウフェに教えを請い、戸外で風景を観察する、モデルを前にして描いたりする姿勢はその後も生涯貫いたそうです。


展示されていた最初の5つぐらいの作品はいずれも後ろ姿だったり、顔がぼかされていたり描いていませんでした。

永遠の入り口にて 1882年

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若い時期の注目作品は、30歳のときに描いた「じゃがいもを食べる人たち

このために半年ぐらいで40点ほど人間の顔を描く練習をしたうえで、満を持して作った作品でしたが、友人のファン・ラッパルトに批判されたらしいです。

じゃがいもを食べる人たち 1885年

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僕としてはこの若い頃の暗い作品はあまり好きではないかなと思います。

パリで印象派と出会う

その後、パリに出て印象派の画家たちと作品に出会い、衝撃を受け、自分の作風を変えることになります。暗めの絵が中心だったのが明るい色彩を使うようになります。

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印象派に強く衝撃を受け、画風も変えて行ったゴッホは、画家たちのコミュニティに夢を見て、弟に協力してもらって、「黄色い家」を建て、画家を集めようとしましたが、唯一来てくれたゴーギャンとはわずか2ヶ月で仲違いします。この辺りは中田さんの動画の後半を見ていただければと思います。

代表作のひまわり  展示はなかった

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星降る夜 展示なし  見てみたかったなあ

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ゴーギャンと喧嘩して、自分で耳を切ってしまい、包帯を巻いた時に描いた自画像  こちらも展示なし

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晩年 精神病棟にて

精神病を患い、病院に入ったゴッホはその後も絵を描き続けます。
一時よりは色彩が落ち着いたものの、描き方が独特なものになっていきました。1日1枚以上のペースで描いた時期もあったそうです。

サン=レミの療養院の庭 1889 

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糸杉 1889   晩年に何度も題材になった木。まるで炎が燃えているよう。

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星月夜 1889  こちらにも糸杉が描かれている  (展示なし、見てみたかった。)

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そして、わずか37歳で銃で自殺してしまいました。


その他のお気に入りの作品

アントン・マウフェ 4頭の曳き馬

なんとなく心にのこりました。

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ヤン・ヘンドリック 黄褐色の帆の船 1875

これも心にのこりました。

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ルノワール ソレントの庭 1881

本当に光を放つような絵で素晴らしいです。

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シニャック レザンドリー 橋

点描で描かれているのですが、美しい

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まとめ

行ってみて、大変よかったです。紙の本は基本買わない主義なのですが、珍しく図録を買ってしまいました。また後で堪能したいと思います。


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