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【詩】痛いのは当たり前―ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉/草野心平④

ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉/草野心平
痛いのは当り前ぢゃないか。
声をたてるのも当り前だらうぢゃないか。
ギリギリ喰はれてゐるんだから。
おれはちっとも泣かないんだが。
遠くでするコーラスに合はして歌ひたいんだが。
泣き出すことも当り前ぢゃないか。
みんな生理のお話ぢゃないか。
どてっぱらから両脚はグチャグチャ喰ひちぎられてしまって。
いま逆歯が胸んところに突きささったが。
どうせもうすぐ死ぬだらうが。
みんなの言ふのを笑ひながして。
こいつの尻っぽに喰らひついたおれが。
解かりすぎる程当り前にこいつに喰らひつかれて。
解かりすぎる程はっきり死んでゆくのに。
後悔なんてものは微塵もなからうぢゃないか。
泣き声なんてものは。
仲間よ安心しろ。
みんな生理のお話ぢゃないか。
おれはこいつの食道をギリリギリリさがってゆく。
ガルルがやられたときのやうに。
こいつは木にまきついておれを圧しつぶすのだ。
そしたらおれはぐちゃぐちゃになるのだ。
ふんそいつがなんだ。
死んだら死んだで生きてゆくのだ。
おれの死際に君たちの万歳コーラスがきこえるやうに。
ドシドシガンガン歌ってくれ。
しみったれ言はなかったおれぢゃないか。
ゲリゲぢゃないか。
満月ぢゃないか。
満月はおれたちのお祭ぢゃないか。

……

草野心平による蛙の詩、こちらは、いままさに蛇にかみ砕かれ飲み込まれていく蛙・ゲリゲが、凄惨な現場を目撃している仲間たちへ呼びかける、強い詩だ。

透徹したリアリズムに圧倒される「ぐりまの死」、まどろむ老蛙の偉大なる託宣「ごびらっふの独白」、月に恋していまにも空へ溶けていってしまいそうな雌蛙・るりるの声なきラブソング「聾のるりる」。
そしてこの、苛烈な精神力で、蛇に呑まれながら、生と死をまるごと飲み込んでみせた雄蛙・ゲリゲの言葉…シュプレヒコールよりは、エールに近い、死を受け入れても死なない、肉体を超えてゆく意志の言葉をなんと呼べばいい。

満月の夜、まんまるな月に照らされて、ゲリゲを食らい飲み下すヤマカガシの姿は、黒いシルエットとして仲間に映るだろう。
自分の尻尾に噛み付いたけったいで馬鹿な蛙を、案の定、たやすく噛み殺すヤマカガシ。
その様子は、あたかも満月のスポットライトを一身に浴びながら、ゲリゲの身体が、ヤマカガシと同化してゆくように見えるだろう。

死んだら死んだで生きてゆくのだ。

どの詩も、圧倒的な自然の中で、西洋のように自然に刃向かうのではなく、自分自身も偉大な自然の一部としてそこにある、個を超えた宗教的な思想と抒情にあふれている。

「進撃の巨人」を連想した。

満月の光の下、みずからを喰らうヤマカガシと一体となった(ように見えた)蛙のように、巨人となり、また巨人に喰われる人間たちの不屈の戦いを描いた本作。
この物語では、蛙はヤマカガシを倒せるんだろうかね。

(過去日記、進撃の巨人が新作の頃に)

補足1)るりるの詩も、ゲリゲの詩も、満月の明かりを浴びている蛙の詩なんだけど、受ける印象がまるで違うのがまた素晴らしいです。
すかんぽの花咲く池のほとり、ふうわりと柔らかな月光を浴びるるりるの姿は美しいサイレント映画のよう。
月明かりとシルエットのコントラストが残酷なまでにくっきりと鮮やかなゲリゲとヤマカガシの姿は一枚の切り絵みたい。
画風が全然違うの。 でも、圧倒的に、草野心平の世界なの。
アンデルセンにも負けてないっていうか、日本人の感性の真髄だなあと思う。

補足2)この詩は怖い、怖いよねえ。
「ガンバの冒険」みたい。 ゲリゲが喰われるところ、子蛙が見ていたらとんでもないトラウマになるよね。 自分からわざわざヤマカガシに噛み付いていったゲリゲの不可解さに、強烈なインパクト喰らうよね。
私が草野心平に出会ったのは小学校高学年じゃないかと思うけど、そのときは作者が細やかに並べているヒントまで読み解けなくて、例えばすかんぽの花が咲くのは夏だとか、ヤマカガシは枝に巻き付いて蛙を押し潰すと書いてあるのだから、ゲリゲとヤマカガシもすでに樹上、ほかの蛙たちからは月光を浴び、恐ろしいシルエットとして見えてるんだろうとか、そういうところまで気が回らなかった。
よく、子供のころのほうが感受性が豊かだというけど、まっさらな感受性を超える、読解力を得られた自分でよかったと思う。
茗荷うめえ、みつばうめえ、パクチーうめえ、ビールうめえ。

補足3)高知出身の西原理恵子が、東京に出てきてなによりうれしかったことは、まわりに当たり前に本を読む人がいることだったと言っていました。
私は母がよく読む人で、とにかく読みまくる子供、中学生からは毎日友人と貸し借りして感想を伝え合う生活で、大学でも会社でも本読みに囲まれてましたから、まだあれは読んでないのか、これは絶対読んでおけ、とかたくさん言ってもらえたんです。 ブックレビュー読むのも好きで「本の雑誌」を読む学生でしたし、だから、いただいたコメント読んで、ああ、大半の人はそうなんだと思いました。
草野心平(大正生まれながら、天平、心平、民平、とすごく素敵な名前の兄弟です。心が平と書く)は、宮沢賢治を見出だした人です。 ものすごく褒めて広めてきた功労者なんですよ。 宮沢賢治も草野心平も、すさまじく細部まで神経を張り詰めた詩作をする人です。 ひらがなひとつひとつに意味付けしてる人ですもの。 よかったら「花持て語れ」って漫画を何冊か読んでみてください。 一流の文学者がいかに緻密な詩作をしているか、びっくりしてしまいます。

#詩 #草野心平 #蛙

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