雑文:フグ毒罰ゲーム説

 
 
 蘇がプチブームになっているらしい。
 
 今回話題になるまで僕も知らなかったのだけれど、蘇というのは1000年ほど前の古代日本で作られていたもので、牛乳を煮詰めたチーズのような料理なのだとか。
 この度の休校騒動で給食がキャンセルされて、余ってしまう牛乳を大量消費できるレシピ、ということでバズったのだという。
 
 どうも軽く調べてみたところ、文献に残されていないので正確な調理法はわからないらしいのだが、ネットに載っていた調理法によると、牛乳をフライパンで火にかけて、後はひたすら木べらで混ぜ続ける。初めは液体状だった牛乳が、混ぜ続けているうちに徐々に固形状になってくれば、完成である。完成までに要する時間は、実に2時間ほどだという。
 現代なら理解はできる。こういう過程で調理をすれば、こういう料理になるというのがわかっているので、それに挑戦してみようという気持ちは理解できる。
 
 けれど、『蘇』という料理が現代に伝わっている以上、古代の日本には初めてそれを作った人がいたはずなのだが、これって、狂気の沙汰だなと思う。
 大して変化も無いのに、2時間牛乳を煮詰め続ける。現代のようにガス台もないから火を焚いて、手動で火力調整しながらひたすら鍋をかき混ぜ続ける。
 どうしてそうしようと思ったんですか? と尋ねてみたくなる。
 
 こういうものは他にもあって、例えば洋食では『玉ねぎを飴色になるまで炒める』という過程が出てくることがある。僕も昔料理人をしていたときに実際そういう調理をしていたのだけれど、玉ねぎの量によっては余裕で1時間以上かかることもある。しかもしっかり混ぜないとすぐに焦げるので、気を抜くこともできない。鍋をかき混ぜながら、僕はいつも、最初の料理人は一体どういう気持ちでこれを作ろうと思ったのだろう、と考えていた。
 
 メレンゲを作ったこともある。卵を卵黄と卵白に分別し、砂糖を適宜加えながら卵白の部分だけをひたすら泡立て続けるのだ。現代なら電動の泡だて器があるから15分くらいで出来上がるけれど、かつてのヨーロッパ人は1時間以上かけて手動でこれを行っていたのだと考えると、狂気だな、と思ってしまう。

 人間の食への探求心には目を見張るものがある。
 
 よく言われる話だが、コンニャクの製造法も狂気の沙汰だと思う。
 素手で触るとかぶれてしまうほど毒性の強い芋を、粉々に砕き、さらに灰を加えながら煮ていく。そこまでして作った料理は、なんと驚きの0カロリーなのである。
 
 石川県にはフグの卵巣を糠漬けにした郷土料理があるという。フグの卵巣には当然毒が含まれているのでそのままでは食べることができないのだが、糠漬けにすることで何故か無毒化されるのだという。無毒化されるまでは少なくも数年漬け込む必要があり、しかもどういった作用で無毒化されているのかは、現状よくわかっていないらしい。
 
 食べられないものを工夫によって食べられるようにするというのは、人類の叡智の過程ではあるのだが、こうした料理の調理法が確立するまでに、一体何人の人が死んだのだろうということを考えてしまう。
 
 僕はもしかしたらこういった料理は、元をたどれば罰ゲームだったのではないかと思っている。

 つまりこういうことだ。
 フグの卵巣を食べると死ぬことは恐らく古くから知られていて、とある集落では罪人の処刑方法としてフグ毒による毒殺が行われていた。
 ところがある日、集落一番のお調子者が、処刑用のフグ卵巣を遊び半分で糠漬けにしてしまった。数年後罪人が処刑されることになり出されたのが、件の糠漬けであった。
 
「与太郎。残念ながら貴様を生かしておくことは出来ぬ。さあこのフグを食べるのじゃ」
「申し訳ありませんでした……死んでお詫びいたします……。パクッ」
「さて。そろそろ毒が回ってくるころじゃろう。苦しまぬように後は介錯をしてやr──あれ?」
「いや、全然平気ですわ。なんか毒入ってないみたいですけど。ていうかむっちゃ美味いっすわ。もしかして糠漬けにしたら毒が消えるんじゃないっすか?」
「えー! マジでー!?」
 
 結果として石川県のその集落ではフグの卵巣漬けが郷土料理として食べられるようになった。
 みたいな。
 
 そして新料理の発見に沸き立つ集落の片隅で、与太郎はひっそり処刑されていた。
 
「まあそれはそれとして与太郎はこっちの漬けてない方の卵巣食べて死んでね」
「えー! 恩赦とか無いんすかあー!!」
 
 
 ──案外あり得るんじゃないかなあと思います。
 

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