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天国と地獄

「現」



例えば目が覚めて枕辺のタオルには血がついていて
流れ出たあれこれで粘着力失った絆創膏をいくつも剥がして


例えば母から家中の刃物を捨てると罵られ
窒息するみたいに固く固く心に包帯を巻いてその声から遠ざけて


例えば愛と支配の類似性なんか知らなくて
きらきらと 星光る 夜空のもと肋骨折られてそれに気づいたりなんかして



業火のような憎しみも
果てなき道に似た絶望も
この胸にとぐろを巻くのに天の国のおもかげはなく


汚れなき肉も心も知らず
血は赤くただ赤く醜く
呼びかける先がなければ祈りもない




夢に父親が出てきた

持っていたナイフで刺した


心底安心して目が覚めた


枕辺の タオル に  は



***************



「問」



地獄で根づいた花は天国で咲くだろうか
地獄で生まれた挽歌は天国で歌われるだろうか
地獄で安らぐ魂は天国に連れ去られるだろうか
地獄とぼくらが呼ぶのは天国だったりしないだろうか



有明に有翼の種は集い、
ひとには解せぬことばで語る。



天国で実った果実は地獄で腐るだろうか
天国でまどろむ小鳥は地獄ではばたくだろうか
天国で交わされた約束は地獄で守られるだろうか
天国とぼくらが呼ぶのは地獄だったりしないだろうか




***********



「夢」



遅く起きた晴れた日の朝
遠くかすかにピアノの音がする
よく焼いたトーストにきれいな苺のジャムを塗る
薄く淹れた珈琲に少しだけ牛乳を入れて
あれもこれも洗濯しようと思いつつ忘れ去っていく



陶器のような水色の空を鳥たちが飛んでいく
懐かしい縁側に寝転んでそれを見る
左腕を枕にしてまどろみを追いかける
そこにあった傷跡と暴力を忘れ去っていく



わたしのくらやみを天使は黒猫に変えて
地のふちをのぞきながら底の底へ捨てた
天使はふり返ってわらうけれどその顔に眼球めだまはない
見つめ合うことはなくわたしは忘れ去っていく




**********


「希」


黒猫を拾う
親しき悪となりて
我が身と共に生きてはくれんか
この世は地獄
めつぶしの光


心通う錯覚だけで
おまえは安らぎをくれるのに
ことばがあるのにひとは難く
つもる諦めに疲弊する


風が吹いて
おまえは鼻先を向けて
ひなたに干した枕の上で
鞠になって息をする


おまえのよろこびも
おまえのかなしみも
知り得ぬまま時は過ぎ
おまえは死んでしまうだろう



この世は地獄
あの世はどうか?
親しき悪よ
おまえはどこに?
艶をなくした毛並み
痩せたからだこわばらせて冷えて
おまえはどこにいく?
ひなたを離れて



祈りも呪いもわたしはいらない
おまえを思って目をつむるだけ









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