言の葉堂にようこそ

 この広い電子の世界の片隅に、その書店はあった。

 見た目は小ぢんまりとしているが、入ってみると意外と広いことに驚く。左手の壁一面と三列綺麗に並べられた本棚が天井まで伸びていて、右手は小さなホールとなっている。ホールの奥にはカーテンがかかっているので、その裏にはステージがあるのだろう。入口から直線上にレジがあり、その奥には扉がある。おそらくバックヤードに通じる扉だと思われる。その突き当りを右に行くと階段があり、二階には小さな部屋がある。その部屋には店主のものと思しき小さなワンピースと眼鏡がおいてあり、ボタンを押すとそこに配信設備が出現し表のオンエアの看板が光る。ここで配信しているらしい。
小さな狐の店主はこの店、“言の葉堂”を一人で取り仕切っている。店員や仲間たちはそれをときどき手伝うだけだ。今日は白猫と黒猫の店員が当番で、この二人は主にバックヤードでこの書店の蔵書の管理を手伝っている。
「これ、今の時点でどれだけ量ありますっけ」
「確か資料まとめてたはずです」
「お、さすが」
 白猫と黒猫がカタカタとキーボードを叩く音がバックヤードに響く。バックヤードは二部屋あって、店主が休むための部屋と、本の管理のための事務室のような部屋がある。ここは小さな本屋に見えて、実は本当に広く、見た目よりも多くの蔵書を管理しているのだ。電子で作られた本に浮かび上がる文字は容量は大きいものの、小さな本一つにまとめられて管理できる。そのデータ量を管理しなければ本屋自体の容量が大きくなってしまう。店主はその容量を削ろうと四苦八苦していた。
「なかなか小さくできませんね」
「まあ難しいですよね。これ、企画の一覧できましたよ」
「こっちもまとめ終わりました」
 まとめたデータをお互い交換して確認し合う。おお、と白猫が驚きの声を上げた。
「こんなにもやってたんですね。驚きました」
「これだけやってたらそりゃあ容量も増えますね」
 宙に浮くディスプレイにデータを表示させる。お題を出してここに来る人達にショートショートを書いてもらう企画は既に三十回を超えており、本の形にまとめるとおよそ三百ページにもなっていた。
「昔の作品とか、見返すと書き直したくなります」
「わかります」
 つつつ、と指で宙に浮いているディスプレイをスクロールさせる。
「この辺とか懐かしいなぁ」
「懐かしいですねぇ」
 そんな話をしていると、カランカラン、と店のベルが鳴った。
「お、誰かいらした」
「私出てきますね」
 書庫から店へと続く扉を開く。白いバックヤードとは裏腹に茶色の色が目立つ景色に変化して、黒猫の店員はいらっしゃいませ、と客を出迎えた。
「こんにちはー」
「こんにちは。何かお探しですか?」
「いやーなんか、ふらふらしてたらココ見つけて面白そうだなぁって」
 青色を基調とした悪魔のような姿の彼は、長い尻尾に吊り下げたランタンを揺らして答えた。
「そうでしたか。ここは〝実際の本の形〟で物語が読めるお店です」
「へぇー。読んでもいいですかー?」
「どうぞー。何かあればお気軽にお呼びください」
「はぁい」
 おー、と感心した声をあげながら彼は本棚の間へと吸い込まれていった。黒猫はしばらくレジの前に立っていたが、声がしなくなって静かになってしばらくして彼の様子を見に行った。こっそりと本棚から顔を出して覗き込む。彼は静かに本の内容に夢中になっていた。
 よしよしと満足気に頷いて、レジの前にお帰りの際は店員をお呼びください、と書かれた看板を立ててバックヤードへと戻った。それに気づいた白猫が声をかける。
「おかえりなさい。お客さんどうでした?」
「今集中して読んでらっしゃいます」
 さっきはいなかった狐の影が、本棚の方から黒猫の方へと振り返った。
「おお、それは嬉しいですね」
「あ、店長、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「どうでしたか。お店の様子は」
「今日はまだ来店一名だけです。今黙々と読んでおられます」
 うーん、と狐の店主は唸る。
「もっと繁盛させたいですねぇ……」
「そうですねぇ……でもあんまり騒がしすぎても雰囲気が出ないというか」
「それはそう」
「でも広くはしないんですね」
「これ以上は考えてないですね」
 うーんと三人とも顎に手をあてて唸る。
「とりあえずは蔵書を増やしたいですね。というわけでお二人なんか書いてください」
「店長も書きましょう」
「最近スランプ気味で」
「またまた」
「いやー、実際ここの手入れで最近忙しくて」
 ぽりぽりと狐は頭を掻いた。
「蔵書は増やしたいけど容量は減らしたいんで、それが本当に問題なんですよねぇ」
「今あるのは六十冊くらいですけど、もっと増えるのは確実ですからね」
 ここにある蔵書は、ここ言の葉堂に集う仲間達が持ち寄ってきたものだ。各々が書いた物語を本の形にして置いている。今のところざっと数えて六十冊ほど。
「みんなもっと書いて欲しいですね」
「書いてますよ」
「楽しみにしてますよ」
 三人のしっぽがふわふわと横に振られてしばらく、チーンとレジ横のベルが鳴った。
「お。いってきます」
「お願いします」
「お願いしまーす」
 黒猫が店の方に戻ると青い悪魔はへへへ、と楽しそうに笑って、どうも、と黒猫に声をかけた。
「いかがでしたか」
「面白かったですー。特にあの雪が降ってるやつ」
「お、ありがとうございます。あれ私が書いたんです」
「え!?そうなんですか?!ええええすご!!」
「ここの本はここに集う人たちが基本書いてまして」
 黒猫が解説していると、カランカランとまたベルが鳴った。そこに現れたのは、白く丸っこい妖精のような姿。
「それで――あ、いらっしゃいませー」
「こんにちは」
「こんにちは。ちょっと待ってくださいね」
 黒猫がバックヤードに引っ込むと、白猫を連れて戻ってきた。
「こんにちはー」
 ひらひらと白猫が妖精に手を振り、本棚へと案内した。黒猫と悪魔が黒猫の書いた小説について話している間に、白猫が妖精と本を手に取りながら話す。
「この前はありがとうございました」
「いえいえー。面白かったです!やっぱりこのシリーズが好きで」
 指で横にスワイプをするとページがめくれ、絵日記のように写真の下に文章が載っている形式の本だという事がわかる。
「こういう本の形式ならではっていうのがいいですね」
「他の本と違って画像があるので、どうしてもこの形式になってしまって」
 本棚に納められている他の本とは違って白猫たちが持っている本は平積みになっている。
「平積みにされているのも趣きがあっていいじゃないですか」
「リアルの書店っぽいですよね。新刊とかこうして平積みにされてることが多いですから」
「そうそう」
 この書店は現実世界の書店をモデルに構成している。現実世界の書店は天井にまで伸びる本棚こそ少ないものの、こうして通路はあまり広くなく本棚が敷き詰められ、下の段には平積みできる出っ張りがあるものが多い。それをモチーフにしてすべての本を平積みにしていたが、数が増えスペースがなくなってきたので現在別の形式に移行している途中だ。
「この本も他の本みたいにするんですか?」
「いえ、あの形式はテキストのみにしか対応していないんです」
「なるほど。じゃあこれはこのままなんですね」
「ちょっと読みにくいかもしれませんが」
「大丈夫ですよ。でもテキストだけならあの形式がいいですね。本棚に刺さってるのも両方あるからそれっぽくて」
「ですねー」
 三たびカランカランとベルが鳴った。今日は盛況のようだ。店主は満足気にバックヤードから戻ってきて、いらっしゃいませ、と客を出迎えた。
「店主さんこんにちは」
「はいこんにちは。いらっしゃいませ」
「新作は入りましたか?」
「少しですが増えていますよ。あと本の形式を新しく移行中です」
「へえ!私も今新作書いてるのでできたら投稿させてもらいますね」
「おお。楽しみにしています」
 こっちです、と店長は新しいお客を本棚へと案内していった。
 レジで話していた黒猫と悪魔は店主たちとすれ違い、出口へと向かいながら黒猫が言った。
「どうですか、小説書いてみませんか?」
「えぇ?!いやぁ難しいですよぉ」
「大丈夫ですよ。お手伝いしますよ?」

 今日も言の葉堂は、電子世界の片隅で書き手と読み手を待っている。


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