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【改題】大切なものはみんな胸の中

日暮れどき、辺りが夕闇に沈むまでの時間
いつも胸の中にあるものを感じとる
今はもう見えない、聞こえない、触れないもの
なくしたのだけど、やっぱりここに有るもの
小さな欠片になった記憶も取りこぼさないよう
胸に手を当て、じっくりその感触を確かめる
そして私はまたペダルを漕いでいく

嬉しいこと

ここnoteで、自分の内面や本心を探るような記事を書き始めてから驚いていることがある。それは、私のような、過去の経歴や社会的立場に大きな引け目を感じている人間にとって普通起き得ないことがいとも簡単に起きていること。
実生活では到底接点が持てないような知的な方々から記事に目を通していただけたり、コメントを頂いたりしていること。まだあまり多くの方とは繋がっていないけど、いつも記事を拝読するクリエイターさま方、コメントを下さる方々のリアルな姿を私はつい想像してしまう。
こんな洗練した言葉を使う人、こんな深いことをさらりと文章にしている人、広い精神世界について熱心に考えている人、ユニークな視点で世の中を見ている人、小さくも意味深い発見を取り逃がさない人、……普段どんなふうに笑ったりどんな声で喋ったりしているのかな、なんて。お一人お一人が、私がいつも「こんな人と関われたらどんなに人生楽しいだろう!」と思うような方たちばかり。だから私が手にし得なかった世界に生きている人たちのことを思い見て、ネットが可能にしてくれる小さな繋がりに喜びを感じる。noteという場所の素晴らしさに胸が躍る。温かな涙が目尻に滲む。

苦しいこと

自分語りで違和感の正体を探るシリーズを書いた。幼い心を無邪気に掘り起こしてしまった。そのことで、無意識の領域に押し込めていた孤独感が息を吹き返し、まざまざとリアルな形を帯びて私を苦しめ始めた。まだ流せていなかった涙の量を思い知り、その多さに驚愕の思いで立ち尽くした。

さいわい積み重ねた人生経験のお陰で、『答え』には速く辿り着けたと思う。頭はあいも変わらずよく閃きをくれる。数日前からは、今後私が成していくべき事柄の具体的なビジョンも見せてくれている。それはとてもやり甲斐のある楽しいもので、淀みがちな心を奮起させてくれる。

……それでも、今この『孤独感』は変わらずあり、抜き差しならないレベルにきている。どれほど粘着性の高い泥の底からも力一杯這い出してくる己の強さを信じている。小学生の頃だって自分を導いてこられたのだから、今だってもっとやれるでしょ。……それでも本当にもう、どうしようもなく苦しい。

なくしたもの

私には子供時代の〝人に言えない苦しみ〟を分かち合える友達が一人だけいた。お互い他の人にはなかなか伝わらない心の深い部分にある傷を持っていて、普段は会話しないけど年に数回会うときは渋谷のカラオケ店の一室を借り延々と語り合うのが常だった。なぜカラオケ店かというと、人前で軽く口にできない言葉もたくさん出てくるし、泣き出すこともあるから。喫茶店などでは分かち合えなかったから。
彼女は、とても繊細で豊かな感性を持つ表現者だった。声優の仕事をしていて、想いが詰め込まれた作品を片っ端から聴かせてもらった。変幻自在な声を活かし役柄に活かして活躍するステージを度々観覧しに行った。都内の色んな場所へ。
詩をたくさん書く人だった。誰もが見過ごしてしまいがちな些細な美しさ、小さな命の煌めきを感じ取り、それを文字の中に宝物のようにして封じ込めていた。

「セレンディピティ」は、彼女が大好きだった言葉。小さな幸せを見つけ出すことが得意で、信じられないほどの感激やさんで、純真で、思いやり深く、弱い立場にいる人たちを助ける活動がしたい! といつも情熱的に語ってくれた。実際それを行動に移していたし、ネットには今も彼女の記録が残っている。……こんなにピュアな心を持った繊細な人間がこの過酷な東京の芸能世界で生きていることに、私はいつも不思議な思いにさせられていた。
私にだけ話してくれることがあって、私のことを本当の姉のように慕ってくれて、好きなものがたくさんある、拘りがたくさんある、表現したいもので心が溢れている人間同士の分かり合える感、創作者同士の絆をお互い感じていた。だからはたから見るとおかしいほどに、毎回細かくその感動を口にして互いに歓びと感謝を律儀に伝えあっていた。

ある時からふつと連絡がつかなくなり、住所を聞いていなかったため訪ねていくこともできず、途方にくれている。SNSやブログや所属事務所のページを見ても今の彼女に辿り着けない。仮に私のことを嫌いになって距離を置きたいとかなら、それでかまわない。元気にしてくれているのなら……それだけでいい。……でも彼女の性格からしてそれは考えづらい。こんなふうな途切れ方は彼女らしくないし、不自然すぎる。ちょうどコロナ禍の時期だった。敏感すぎる悩みを抱えていて薬も飲んでいた。何かあったんじゃないか? 生きているんだろうか? 不安が夜中に頭をもたげ、もしやの恐怖に私を引きずり込む。探すための細かな策を色々考えるものの、打つ手がなく途方に暮れている。たまらなく寂しい。つらくて不安で仕方ない。

……ここで書いてもどうしようもない。私は、ただ一人過去の苦しみを共有できた親友をなくした状態にある。それが現実として目の前にあるだけ。

娘のように愛していたHSPの猫も亡くなった。もう少しで親友になれそうだった同じ創作仲間の友達も数年前癌で亡くした。……あまつさえ私には子供時代の記録というものがない。小学生の頃に描いた絵も作文も成績表も賞をもらった美術作品も、思春期の頃集めた写真集や憧れの人物からもらった宝物も……。苦しいことの方が圧倒的に多かった幼少期から多感な時期、その中で確かに輝いてくれたはずの「物的証拠」が、何ひとつ手元に残っていない。……そう、普通誰もが当然のように持っている子供の頃の写真すら私はただの一枚も持ってない。写真ですら……。家が洪水で流されたわけでもないのに、私には積み重ねてきた物理的な記録も思い出の品も本当に何もない。どれほど家庭が荒れていたのか、私の人生を守ってくれる大人がいなかったのか、ただ放浪を重ねるだけの日々だったのか。……笑うしかないな、ほんと。過去生きてきた証拠を何一つ持っていない、こんな寂しい人間どれほどいるかな。

昔からずっと好きなアーティストである遊佐未森の歌に『風の自転車』という曲があって……

大切なものは みんな胸の中

風の自転車

と歌い出す。これは東日本大震災のことを思って作られた曲。何もかもなくしてしまった人を思い綴られた歌詞ことば。……自転車で風をきり漕いでいく。前へ向かって漕いでいく。名もない花の美しさを眺めながら。チャリンとベルが鳴り、ペダルを踏みしめて、私はただ前へ向かって漕いでいく。嬉しい日も、悲しい日も。大切なものは、ぜんぶぜんぶこの『胸の中』にある。世界のどこにも存在しなくなっても、ちゃんとこの胸の中にあるんだよ。……だから、それをこうやって一つ一つ言葉にしている。言葉はペダル。言葉はチャリンと鳴るベルの音。言葉は私の胸の中からこぼれ出た真実の心、思い出、辿ってきた唯一無二の道のり、私が生きてきた証そのもの。だから、この言葉を拾ってくれる人が本当の私を知ってくれる人。

精神のバランスという天秤の片方は「有る物」、もう片方は「無き物」。ゆらゆら心許なく揺れるこの「無き物」の方の皿が、今ずしんと一方的に強く傾いてしまっている。決して「有る物」に物が載っていないわけじゃない。決して。私はちゃんとそれの重みを感じている。だけど、どうしようもないんです。「無き物」の皿が今この瞬間あまりにも重いのです。

変更→ゆる〜い交流会のメンバー募集

↓記事のアップ当初は『お友達募集』について書いていましたが、2024/05/23現在、『交流会メンバー募集』に変更しました。

以前も投稿してありがたくもHSPの優しいお友達に出会えたサイトで、もう一度アップしてみた。地元を基点に発信するプラットフォームなので、思い切り最寄り駅が出ている。(ちなみにうちの家族は、DV支援措置という法的援助を受けて私の昔の家族から身を隠して生きている。本名じゃないし顔出しでもないからこれはまあ問題ない。)

ただ、このサイトにはnoteを読む人はあまりいないんじゃないかな。けれどnoteで直接投稿するわけにもいかず、藁にもすがる思いで募集してみた。最初は「交流会」という少し距離を置いた表現だったのに「お友達」なんてあからさまな言葉になってしまったのは、切迫詰まっているからである。→『交流会』にしました。

私には、『胸の中』から取り出した言葉をちゃんと拾って感じて伝えてくれる誰かが必要。その言葉から、未だ私の中にある泣き叫んでいる子供インナーチャイルドを知って認めてくれる人。創作と自然と猫をこれほど愛していることを敏感に感じ取り、日常の生きづらさだけでなく人生の深い悦びを、内面世界の豊かさを互いに共有し合える、繊細で感受性の塊のような友達が必要。真理と美と善を強く愛する者ならではの刺激的な会話が必要。限りあるたった一度きりの人生。わがままと言われようが、感謝が足りないと思われようが、私にはそんな存在が必要なのです。

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