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第一章 9話 理由

9・理由


 猛暑日が続く夏の間、凛と凪々は、友達の家へ遊びに行ったり連れてきたりして好きに過ごしている。宿題はスローペースだが一応ちゃんと取り組んでいるようなので、あまり口出しすることもなく楽だった。
 三ヶ月ぶりに父親が戻ってきた。みゆきさんが電話で話をしてくれたのか、父は「好きにすればいい」と言った。叔母たちと暮らす件について異論はないらしい。それ以上何も言わない父に、僕も問いただすことはしなかった。数日後、また生活費を置いて出かけていったが、当面必要なものがあれば三人の生活は問題なかった。
 叔母の新居への引越しは、九月下旬頃と聞いた。電話口で叔母が言う。雅史さんとは話をしたから、あとは玲人たちが望むときに来てほしい、と。僕はまだ引っ越すタイミングを決めあぐねていた。もしかするともっと先になるかもしれない、と伝えてみる。凛と凪々が小学校を、僕が高校を卒業する時がちょうどよいのかもしれない。僕の頭にはそんなイメージがあった。彼女はすぐにでも来て欲しいのに、とがっかりした様子を見せる。ありがたいけれど、今のところ生活は何とかなっているし、周りの大人も、経済事情や身辺監護上の問題をギリギリのラインとはいえ見過ごしてくれているので問題はない。
 みゆきさんは、シェアハウスのほうは順調に進んでいることを話してくれた。写真や詳細情報を載せたウェブサイトを旦那が作ったらしく、住人募集もすでに連絡が入ってきているという。
「へえ、それはすごいね」
 夫婦の連携も捗りいよいよ始動した計画。想像って形になっていくものなんだな、と感心してしまう。すると、
「あと、言いそびれてたけど、旦那の幼馴染みが一人同居人になるの。両親同士が付き合いが古くて、旦那とは歳の離れた兄弟みたいに仲がいい奴なの。旦那とそいつには、玲人のこと、春には来るって伝えちゃったんだけどねぇ」
 新情報を交えながら、また残念そうに言った。奴とかそいつという呼び方が、その人との気の置けない関係を物語っている。
「へえ、そんな人がいるんだ」
「春から家族でヨーロッパへ越す予定だったのに、私が親戚を呼ぶって話をしたときかな。突然、自分はこっちに残り地元の大学へ通う、って言いだしてね。うちで暮らすことになったのよ」
「にぎやかになりそうだね、みゆきさんとこ」
「うん、まあね」
 そこに行けば見知らぬ人たちと同居人になることは重々承知している。けれど、叔母夫婦がいるならさほど気にならないだろうと思えた。
 夏の間、それきり彼女と話すことはなかった。引っ越すタイミングは、もう少し考えてからちゃんと伝えようと思う。それでも、新しい生活への期待感は胸の中で少しずつ膨らみ始めていた。

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4,083字
全4章、37話構成、文字数約22万文字(分厚めの文庫本程)。既に執筆済みのため順次投稿予定。

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