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『OD!i』第45話「悲しくてやりきれない」

 Merci bienから、

解輪へと届けられたのは、

ホールのショートケーキ、10号。

 あたしはどちらかと言えば和菓子好きなので、

後はなにやら、チョコレートケーキだとか、

ミルフィーユぐらいしか分かりません……。

でも……美味しそう♡

……い、いえ、“良薬は口に苦し”です。

節制節制!

「一人称は申します。ショートケーキ以外のものは、天休さんを優先に、お好きに選んでください、と」

 それはそうだよね。

ケーキバイキングの主役は、

天休氏なのですから。

杏莉子のテキパキとした仕切りで、

あたしは杏莉子がお料理もできる事は、

容易に察しがつきました。

「さらに一人称は願います。もしもケーキが余ってしまった場合は、各自で分け合い、大切に持って帰りましょうね」

「いや歌坂さん。凄く良い量だと思います。もしそうなっても、わいさに任せてください。食べる事は得意ですから」

 確かに三尾氏のお魚の食べ方は、

敬意を抱けるものでした。

あたしがメバルさんだったなら、

釣られ殺され、食物の連鎖に加わっても、

恨まずに済むぐらいです。

「そうですか」と、

杏莉子は安心した様子で、

「わちらは全て生き物を殺す事で今を維持しておるち。有難い事じゃち」

祷? “一寸の虫にも五分の魂”だよね?

有難う御座居ます。

頂きます。

ご馳走様です。

あたしはあなたです。

 ケーキを美味しく楽しみながら、

一途尾氏と誠悟氏に、

きちんと凡のギターの件をお願いして、

時が午後四時半を過ぎる頃、

そのお三方はいらっしゃいました。

いくつかの楽器ケースをお持ちで。

………………
…………
……

 今日の読書会、

計画Aの、

解輪の貸し切りは五時まで、

それは、

六時から解輪が居酒屋へと変わる事と、

あたし達の中でシェアハウスに住む人達の、

門限が午後七時までの為です。

 厨房から、

おそらく店長らしき方が現れ、

お三方は御挨拶。

それから、

よく馴染んだ、

勝手知ったる所作で、

お三方は、

南側の舞台でセッティングを始めました。

あたしの両眼を、一点に釘付けにしながら。

………………
…………
……

 ……ウッド……ベース、だ……。

こんなに早く拝めるなんて……。

「おいおい? 早水? 見過ぎ見過ぎ。失礼の無い様に、それとなく見ろよ」

「あ……、はい、三尾氏、つ……つい見蕩れてしまいました。しかしですよ? あちらのお三方の編成から見る限り、コントラバスではなく、ウッドベースですよ? 燃えませんか!?」

「ああ、まァな♪」

 あたし達のそんな会話に、

さりげなく……、

電気アンプを通さない、

ギターやベースたちの音色が語りかけて来ました。


 その音色は、


今のあたしでは、


分からない程、


深い底にある、


労わりという優しさ。



………………
…………
……

その夜、天休家にて。

 こんばんは。

儂は金剛石のノヂシャじゃ。

捧華(オーバードライヴ)は、少し見ぬ間に、

第四の壁を意識し始めた様子じゃな。

 その男親(ラヴライナー)は、

儂に損な役回りを押し付けてくる始末。

 儂でさえ、

今は、

ふたりをそっとしておいて、

やりたいのじゃからな…………、

一糸まとわぬ、

切なく寄り添う、

凶ふたりを。

………………
…………
……

「彼方(かなた)? 此方(こなた)、昨日楽しいと幸せをたくさん覚えたし」

 儂にはその明かり灯す声音に、

隣り合わせの昏さが理解できる。

恐怖から幸せを見出す事より、

幸せから恐怖を抱く事の方が容易い。

「ああ、此方人等(こちとら)は、それをいつまでも、拾い集めて見せるよ。ずっと、ずっとだよ」

 強い想い、かたい約束は、

その者をカタチ作ってはゆく。

さればこそ、

言の葉は慎重に口にせねばならない。

このふたりに関しては、

その事は杞憂じゃろうが……、

離れる事そのものが、

「忘却」や「消失」であるふたりには……、


「ジュテーム モワ ノン プリュが食べられなかったのは、少し……、ほんの少しだけ、残念だったけれど……」

「そうさ。だけれど、だよ? 一途尾さんが、無いならみども達で作ればいいと、言っていたじゃないか? 普通学園の家庭科室なら、きっと大丈夫だよ。学園の人達は、良くしてくれてる。川瀬先生にも言われたけれど、強大過ぎる故に、無力な命(みこと)は、これから強くも弱くもない、優しくて普通の女の子になっていくんだよ?」

 ……そうじゃ。

強さを捨てる事も、

また強き意志が必要。

上が下にも、

下が上にもなりうるのがこの世。

弱さの対義語が強さ。

強くなければ優しくなれない、

それも然り、

じゃが、私からすれば、

それは強者の、

驕りに、

繋がりかねぬ。

 今の私にとっての強さとは、

弱さと強さを、

己に明らかにし、

共にした先にある、

優しさという両者の上位語として存在しておる。

「此方いつも他人を守ってるし……、お兄ちゃんぶる彼方五月蝿いし」

「うん、ごめん。此方人等は、忘れる事も忘れられてしまう事も、命(みこと)ほど、悲し過ぎる想いをした事が無いから、残酷をたくさんしてしまうんだ」

「……ぁ……謝らないで、彼方の“調和(おと)”だって、宿るものを思えば、凄く苦しい事は、此方絶対に忘れてないし。絶対忘れちゃいけないし。此方が今も生きていられるのは、彼方に出逢えたからだから」

「有難う命。……こんなに、こんなに有難い一日を此方人等に下さった、川瀬先生と雁野先生は今夜、森でご無事だろうか…………」

 神咲よ?

その想いは、

師に対して無礼であるぞ?

そなたらの“字伏”は、

確かに存在を認めたら、

物理的はもちろん精神的なものにすら、

万能な能力ではあるじゃろう。

どれほど強くなろうと、

どれほど弱くても、

上にも下にも、際限なく力は広がっているのじゃからな。

 弱いままでも、

強いと思っていても、

まず、

鏡の前で、

自分に優しく微笑んでみるがよい。

 さて……、

森(あちら)には、

空蝉がまだ居るはず。

儂は儂の勤めを果たし、

これにて。

………………
…………
……

 ……ん?

なんだ? オイラが語り部かよ?

粋じゃねーなーw

人知れず悪と戦うのが、

正義の味方だろーが?


ま、


悪魔より人間の方がひでーってのが、

オイラちゃんの実感だがな。

その存在の中途半端さこそ極悪。

読書会はどーだったかな?

歌坂のこったろーから心配ねーか。

ん? あー語り部語り部。

オイラがあいつらをみている事は本当の事だよ。

ただ皇の能力でイカレちまった外套が、

まだ不安定で、わかれたオイラとの情報の染み込みが、

遅れちまってるってだけ。

まー矜持を持って伝えるなら、

全てを並列して楽して過ごせる程、

森の中は甘くない。

「お疲れですかな? 雁野先生?」

今夜の仕事(デート)の相手から、

試す様な声が掛けられる。

「いえ、川瀬先生。平気です。まだまだ行けます」

「“ベヒモス級(クラス)”を抑えて、その余裕、豪気な事じゃのぅ」

「……それは、かなり語弊がありますね」

 まー語り部だからいちおー説明しとくと、

ベヒモスではなく、ベヒモス級と存在を呼称するのは、

結局現代の地球(このほし)において、

誰も本当のベヒモスの本質を知ってる奴がいねーからだ。

あっちの国では聖なるものでも、

こっちの国では邪悪なものとかな?


 だけんど、


門番ではなく、

森に入り存在を鎮めるとなると、

単独行動はありえない。

川瀬先生は、オイラが単独でベヒモス級を抑えた様に仰るが、


 実際は、


森に生きている、

千とも万とも言われている手練達が、

各々固有の能力を行使し、

森の荒ぶりを感知した者が、

そこからその存在を、

熟練の経験則を持つ者達と連携を取り合いながら、

級(クラス)を統合し、

より確かな存在の情報を、

お互いに強固なモノにしていく事が手始めに行われる。

関わる全ての者達の「虚」を「実」に近付けていかなければ、

そもそもの連携自体が機能しなくなってしまう。

伝わればいーが“三矢の教え”や“文殊の知恵”だな。

結束する事の重要性や存在への敬いをお伝えする、

……できりゃあまり使いたくねー言葉だが、

圧倒的上位の存在に退いて頂く為には、

より多くの者達の誠意が必要不可欠だ。

それらが密になっていく事でようやく、

荒ぶるものへのより善い鎮魂の立案が成り立ち、

オイラ達は奉り、


お眠り頂いたのが今ってこった。


 ベヒモス級までなると滅ぼす事は不可能だ。

鎮める事がやっと。

それはそれ程有名な存在である証だ。


 森もここまで入ると、

天休の様な能力を持った者達の有難さがよく分かる。


天休(あいつ)は必要とされてしまう……。


やるせない程に……。


 その刹那、

川瀬 美代子が、

お多福の下から、

懐かしく寂しげな、


口笛を吹き始めた。


 その音色は、


夜明けの空の輝きへ、


白い雲のたなびきへ、


深い森の静けさへ、


染み渡っていった。



……なんてったっけなぁ曲名は……、


 ひとりでなくのはだれでもできる。
しかし、ひとりでわらいつづけるのはきびしい。
ぼくにはきみがひつようだ。

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