私も知らない親しらずのはなし #1

「覚悟はあるか」

 口の中に違和感を覚えたのは急なことだった。
右奥で頬に歯が当たる。鏡では確認できなかったが、指で触って確信した。
「これが噂の、親知らずか」

 今まで私の親知らずはウンともスンとも言わず、知人たちの「親知らず抜いて顔が腫れたトーク」にもついていけなかった。
が、晴れて右上の親知らずが顔を出した。
とりあえずは気のせいだと自分に言い聞かせ、寝れば翌朝には痛みは消えていると勢いよく布団に潜り込んだが、状況は悪化するばかり。
歯茎は腫れ、口が開かなくなる。
1回2錠、1日3回までの鎮痛剤を1日4、5回乱用する。

 ついに我慢の限界を迎えた時、神はのたもうた。
「そうだ。歯医者に行こう」と。
半泣きでかかりつけ歯科医に電話。
「待ってもいいので今日の午後」とお願いすると、無情にも「今日は席が空かないので明日」と受付嬢に断固拒否される。あゝ無情。
しかし明日の朝一にねじ込んでくれた彼女に10回ほど電話越しに頭をさげる。
ハンバーガーどころか、薄切りのかぼちゃを食べることすら困難な私は、おかゆを食べて明日に備えた。

 次の日、歯医者で撮影したレントゲンを見ながら担当医が言うことには、私の下の親知らずは2本とも真横向きに生え、他の歯を圧迫しているらしい。
私の体の一部のくせに、勝手に変な向きに生えるな。
親どころか私すら知らなかったよ。

「これは放っておくといけないんですか」と私が愚問を投げかける。
「んーこの時限爆弾を抱えながら生きるのはおすすめしないかな☆」と爽やかに返された。
嫌なことは後回し、8月31日の夜に泣き泣き下水道のポスター(夏休みの宿題)を書いていた私だが、その時は抜くことを決意した。
難しい位置にあるそうで、大きい病院に行くように促された。

で、今痛んでいる右上については。
今日は診察のみで次回抜歯かなーと思っていたら。

「じゃあ、今日時間ある?」
「え?」
「覚悟があれば今日抜けるよ」
「・・・・・・・・・・」

つづく

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