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短編”願いごとなんか、ない”【青ブラ文学部】


願いごとなんか、ない。
どうせ叶わないから何も願いたくない。

そう思いながら、さっき手渡された水色の短冊をじっと見る。

「今日みたいな雨の七夕🎋に、この短冊に願いを書いてあの神社に飾ってある笹に吊るすと、きっと願いが叶うんだよ」
そう私に言いきかせるように一方的にしゃべると、そのおばあさんは短冊を一枚押し付けてきた。
押し付けられた不快感はすぐに消えた。その短冊は持っているだけで気持ちが穏やかになるような、とても手触りの良い和紙なのだ。
下の方に星の形の印が押してある。

神社はすぐそこだ。
心の中で強がりながら、私は迷っていた。
どうしよう?
だめもとだから、何か書いて吊るしてこようか。
宝くじ当たりますように、で良いんじゃないかな?
それか、治らないって言われたささやかな持病が治りますようにって、治るわけないけど書けば良いんじゃないかな?
その時ふいに、とても強い風が吹いた。
私は傘と短冊を握る手にぎゅっと力を入れた。

風が通り過ぎ、乱れた髪が落ち着いた時、目の前を女の子が泣きながら歩いているのに気がついた。
「どうしたの?」
普段絶対にそんなおせっかいをしないのに、なぜか即座に声を掛けてしまった。
「短冊が飛ばされちゃった…」
女の子は涙をこぼしながら私を見上げた。
「お母さんが退院できますようにって書こうと思ったのに…」
ああ、この女の子もさっきのおばあさんに短冊もらったのだなと思った。
「もう一度、もらいに行けば?」
「おばあさん、ひとり一枚だけ、って言ってた」
私は自分の短冊を差し出した。
「私のをあげる」
女の子はびっくりした。
「え、だって、お姉さんのお願いは?
会いたい人は?」
今度は私はびっくりした。
どうして会いたい人って言うの?
自分はお母さんの退院って言ったのに。私だって病気が治りますようにって書こうかなと思ったけれど、会いたい人なんて…会いたい人なんて…
もう顔を思いうかべられないほど長く会っていない人の後ろ姿がちらりと胸をよぎった。
「いいの。会いたい人なんていないから大丈夫」
私は早口で言うと、さっきのおばあさんみたいに短冊を女の子に押し付けた。
「ありがとうございます」
女の子は短冊をしっかりと受け取った。

「さっきのおばあさんが」
女の子は私が尋ねてもいないのに話しだした。
「大人の女の人は、会いたい人を書くと会える。
でもあんたは小さいから何書いても良いんだよ、お母さんのこと書くと良いよって。
私、お母さんが入院してること、あのおばあさんに言ってなかったのに」
それだけ言うと、女の子は神社に走っていった。

傘にあたる雨音を聞きながら、私はゆっくり夜道を歩いて家に向かった。
その間じゅう、さっき後ろ姿が思い浮かんだ人の、顔を思い出そうとしていた。
おぼろげだったのが、だんだん私に向けた笑顔になってきた。
…会いたいな。
そんなことを思った自分にびっくりする。
でも雨が上がり、雲の切れ間に星が見え始めるとなんとなく、本当にどこかで偶然、彼に会えるような気がしていた。

(了)


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