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夜の鯉のぼり

最近の鯉のぼりは観光客のくるような場所…川や池などの上に、長く横に何十と連なってぶら下がっている。
それはまるで目刺しみたいな姿でなんだかとても悲しくなる。
きっとみんなもう家に要らないのだ、鯉のぼりが。家から出された鯉のぼりが集められて、新緑があふれる中に吊り下げられている。
大きいのはお父さんだろう。赤いのはお母さんかもしれないし、でも黒いのがお母さんかもしれない。わたしだって赤い服より黒い服を着たい。子供はもう大きくなって、小さいのが年老いて縮んでしまった親かもしれない。上とか下とかもない。もうどの鯉が誰かなんて分からない世の中を象徴しているのだろう。

明日は雨が降るという予報だから今のうちに歩いておこうとわたしは夜の公園に行き、いつものように悲し気な鯉のぼりを横目でながめる。みんないつものようにだらりとロープにぶらさがっている。生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。昔は生きていたのにもう死んでしまったのだろうか。
そのとき、ごうごうと冷たい強い風が吹く。もう4月も終わるのに冬の始まりのような風が吹く。
鯉のぼりたちがいっせいに風を通して浮き上がる。
死んでなんかないよ、と一番ちかくの鯉がいう。ばさばさ、がさがさ、鯉のぼりが体をうねらせて揺らしながら、泳ぐ体勢を作る。何十もの鯉のぼりがあとは黙って冷えた夜の空を、一斉に泳いでいる。ああよかった、みんな死んでなんかいなかったのだ。ほっとしてしばらくベンチに座り無言で泳ぐ鯉たちを眺める。
わたし以外だれもみていない。夜に公園を歩く人は歩くためにきているから鯉のぼりなんて見ない。昼間は違うだろう。きっとみんな鯉をみて喜ぶだろう。でもわたしは昼間は公園にこない。昼間泳ぐ鯉たちをみない。日の光を受けたら鯉たちはもっと楽しそうにみえるのだろうか。こんな今みたいに無表情ではないのだろうか。
そんなこと分からないままでいいや。わたしは夜の鯉が夜空を泳ぐ様子をみることが出来てホッとして満足し、そして少し恐れるような気持ちになり、泳ぐ鯉たちをもう見ずに立ち上がって家に帰った。

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