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短編” 浮ついた夜 ”【シロクマ文芸部】

夏は夜を浮つかせる。
夜というのは落ち着いた静かなものなのに。
夏になると夜はたちまち浮ついてしまう。
だから私も浮ついてしまい、夜中にこっそりと外に出た。
別に、大人なんだからこっそりも何もない。
堂々と外に出れば良いのだ。

でも浮ついていると思ったのに、外に出てみると、しんと静かだった。
浮ついた雰囲気などなくて、誰もいなくて、秋を思わせる虫が一匹、どこかで静かにリリリと鳴いていた。家の中はむしむしして眠れなかったのに、外には気持ちの良い風まで吹いている。
私の浮ついた気持ちは沈んでしまい、家に戻ろうかと思ったが、せっかく出て来たのにすぐ戻るのも悔しかった。
悔しい?何が悔しいんだろう。
私は時々こういった訳の分からない悔しさと闘っている。

少し歩いて商店街に出る。
昼間でも人通りの少ない、商店のまばらな商店街。
夜中はますます静まり返って誰もいないだろう。
そう思ったのに、何十メートルか先のほうに、煌々こうこうと明るい店があった。かすかに人のざわめきも感じられる。
私はそこを目指すことにした。

いつもは閉まっているその店のシャッターが開いていた。
そこは昔は仏壇屋さんだった、と思い出してほんの少しぶるるっとする。でも、仏壇屋さんだったからって、ぶるぶるする理由なんかないじゃないか。と、自分に言い聞かせ、更に近づいていく。

ここを目指してきたんじゃありません、散歩で通りかかったんです、というポーズを練習しながら歩き、そのポーズでさりげなく明るく開けひろげられた店の中をのぞいた。
「あれ?」
元仏壇屋さんの中をのぞいたはずなのに、中はなんだかお寺っぽい?
そして数人が仏像の周りに集まって、仏像の絵を描いている?
のぞいただけのはずの私はその人達の輪に加わっていた。
「あなたも描きます?」
と横の着物姿の女性が自分のスケッチブックから破り取った紙と鉛筆を私に手渡してくれる。
「え?」
私は途方に暮れた。
「ええと、ここは仏壇屋さんではなかったでしたっけ?」
女性はにっこりする。
「そうですよ。今、私達は売れ残ってそのまま店に残っていた仏壇の中、つまり小さなお寺の中に入ってそこの仏像をスケッチする会なんです。仏壇とはそもそも家の中にある小さなお寺ですからね。だからここはその小さなお寺です。みんなでここのご本尊の阿弥陀如来様を描いているところです。」
なんのことかさっぱり分からない。
分からないけれど、もらった紙を半分に折って少し厚みを出して膝に乗せ、私は阿弥陀如来の絵を描いた。意外にもそれは心休まり楽しい時間だった。

会が終了して誰かが電気を消すと店は元通り真っ暗になった。
「さようなら~」という声でみんなすっと散って消えていった。
あっという間に取り残された私は、自分のスケッチを手に、黙って来た道を家へと帰って行った。
夏の夜は不思議だな、と思いながら。

(了)


*書いているうちに何故かこんな話に…
たぶん最近入ったのに活動ほとんどしていない「写仏部」のことが無意識に気になっていたに違いありません(;´・ω・)

小牧幸助さんの企画に参加します


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