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*アラザン・アザラシ*

今日は睦月の誕生日。テーブルの上にはバースデーケーキと小さな箱が置かれている。
でもそのケーキはなんだか変だった。
「ママ~、変わったケーキだね?」
睦月がテーブルの上の自分のバースデーケーキをみつめながら、まだ料理をしているママに向かって叫ぶと
「ふふふ。今年はね、バタークリームのケーキなのよ」とママはずいぶん嬉しそうに言った。
「バタークリーム…?」
睦月はケーキをじっと睨むように見る。
なんだかねっとり感のある、アイボリーのクリーム。
同じねっとりクリームで作られたうすいピンクのバラ。
そしてパラパラと振りかけられた銀色の粒粒。
睦月はそっと指を伸ばし、目立たないケーキの側面の下の方のクリームをなでる。そして指先についたクリームをなめてみる。
へええ。これがバタークリームか。
割と好きだな、と睦月は思う。クリームのバラもかわいい。
「そうだろ!」
ちいさな叫び声とともに、ケーキのバラの飾りの中から、へんなものが飛び出した。へんなものは、消しゴムくらいの大きさの、なんというか、アザラシに見える形をしていた。
「ア、アザラシ?」
睦月がいうと、バラのクリームの真ん中でそれは「そうだ!」と答えた。
「でもただのアザラシじゃない!『アラザンアザラシ』だ!」
『アラザン、アザラシ?」
睦月が繰り返すと、そのアラザンアザラシは睦月のほうへ、ぷっぷっと銀の粒を飛ばしてきた。
「それがアラザンだ!ケーキの飾りの王様だ!」
睦月はちょっと途方にくれて、目の前にちらばった銀の粒をみる。
「オレの体の粒粒模様は何を隠そう、アラザンで出来ているのだ!」
そういわれて睦月は目の前に飛んできた粒と、アザラシの体の粒を見比べる。確かに同じものに見える。
「へ、へえ、すごいね」
アザラシが得意そうなので、睦月はゴマをすったのだ。
アラザンアザラシはそんなかんたんなゴマすりに嬉しそうにした。
「そうだ、すごいだろう!」
でも睦月は一瞬、この可愛らしいケーキといばったアザラシはちょっと似合わないのではないかと思った。顔に出てしまったのだろう。
「おまえ、オレがケーキに似合わないって思っただろ!」
睦月はしゃべってもいないのに慌てて口を手で押さえた。そしてもごもごと
「でもアザラシさんはかわいいので、かわいいケーキに似合います」となるべく礼儀正しい感じに言ってみた。
はたしてアザラシはすぐに満足そうにほほえんだ。
「だろう?」
「はい」

「睦月~。チキン運んで~!」
ママが叫んでいる。
ローストチキンが焼きあがったのだ。
ママはちょっとクリスマスと勘違いしたメニューを用意していた。
「はーい」
睦月は慌ててキッチンへ走り、ママからチキンの大きな皿を受け取った。気を付けてそれを運び、テーブルの真ん中に置く。
「あれ?」
アラザンアザラシの姿が見えない。
ケーキの上をよく見ても、バラのクリームに穴は開いているが、小さなアザラシは見えなかった。
「まぼろし?」
睦月がつぶやくとママが「何が?」と言いながらサラダを運んできた。
「ええと、アザラシ」
睦月がそのまんま答えると、ママは「ああ」と頷いた。
「はい、どうぞ。あとであげようと思ったけど今から使いましょ」
ママは小さな箱を睦月に手渡しながら言った。
「なんでアザラシって分かった?」
睦月が箱を開けると中からさっきのアラザンアザラシが出てきた。
でもそれは何もしゃべったりしない。箸置きだった。
睦月はさっき散らばったアラザンを一粒つまみ、アザラシの上にぐいっと貼り付ける。
「ママ、ありがとう。私、この子の名前知ってるの。
『アラザンアザラシ』っていうのよ。
この点々はケーキと同じ、アラザンなの」
ママは驚いた顔をした。
「睦月よくアラザンなんて知ってるわね」
睦月はさっきのアザラシをまねて得意そうな顔をした。
「すごいでしょ」

この日から、睦月とアラザンアザラシは特別な仲良しになったのだった。


*元気を出そうと私が食べたバタークリームケーキ。
それについての会話がはずんだ末に生まれた
「アラザンアザラシ」。
エリーナさんが早速絵に描いてくれました。
エリーナさんありがとうございます✨
睦月さんもありがとう!


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