見出し画像

蓮の花びらの揺りかご

とても元気がなくなったので夜の公園をずっとずっと歩いてた。雨が降っていて靴がぐしょぐしょになるけれど、傘を差して歩き続けた。
雨の夜の公園だからって一人じゃない。何人もの走る人に追い越される。あんなふうに軽やかに、もしも私も走れたら、今みたいにぐしゅぐしゅしていなかったかもしれない。人生も軽やかだったかもしれない。今からでも走れば?と雨が言う。そうだね、そうする、と私は答えるけれど心の中ではそんなの無理だから、と反抗してみせる。無理無理無理…いろんなことがもう無理無理無理…
「これ、あげる。持って帰って」
池で一番早く咲いたバレリーナのような蓮の花が私の方にそっと傾く。私がそちらを見ると、ぱらりと外側の花びらを一枚こぼす。風もないのにその花びらは私の方へ舞ってきて、手のひらにすっと乗る。
「良い夢を」
と一枚花びらの減った蓮の花が優しい声で言う。
「ありがとう」
私は桃色の花びらを握らないように落とさないように急いで家へ向かう。幸福の王子や鶴の恩返しの話を思い出していた。私に一枚花びらをくれて蓮は痛くはないだろうか、辛くはないだろうか。ありがとう、ありがとう。そうつぶやいて涙がこぼれた。
今夜はこの花びらの揺りかごで眠ろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?