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消えた鍵穴を探せ!【#シロクマ文芸部】

消えた鍵穴を探して私は広い元旅館の建物の中を歩き回っていた。
夏休みが始まる前の日におばあちゃんの家に行くと、おばあちゃんが私に「夏休みが始めるね。何か欲しいものはある?」と聞いてくれたので私は「ひみつが欲しい!」と叫んだ。するとおばあちゃんはエプロンの幾つもあるポケットの一つから古い鍵を取り出して私に渡した。
「はい。ひみつ」
「どこの鍵なの?」
「ひみつ」
おばあちゃんは笑った。
「うそうそ。開けるとひみつが見つかるけど、この建物の中にこの鍵で開けられる鍵穴があるんだよ。おばあちゃんもどこだか分からなくなっちゃったの。消えた鍵穴、探してごらん」
私は夏休みの始まりの明日から、その鍵穴を探すことに決めた。

おばあちゃんが一人で住んでいる元旅館は古くて広い。お母さんや叔父さんは「もう売るか壊すかしようよ」と口癖のように言っている。
そのたびにおばあちゃんは「やなこった」と答える。やなこった。私はその言葉が気に入った。いうとお母さんに怒られるから、私は心の中でおばあちゃんの声に合わせて(やなこった)とつぶやく。
こった、こった、という音が、胸の中で小さな太鼓のようにはずんでいる。そうだ、私の、夏休みの間の名前は「こった」にしよう。

(つづく)

小牧幸助さんの企画に参加しています。


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