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短編“ラムネの音の箱”【シロクマ文芸部】

「ラムネの音」を拾った。
道ばたに、箱に入って落ちていた。
正確には、落ちていた箱に「ラムネの音」と書いてあった。
私はそれを拾い上げた。

ラムネの音ってなんだろう?
炭酸がしゅわしゅわピチピチする音のことかな?
瓶の中のビー玉がカラカラする音かな?

でも、そんなもの入ってっこない。
だって、あきらかにキャラメルの空き箱に、
誰かが紙を貼ってマジックで書いた文字なのだから。いたずらだ。

もしかしたら犯罪かもしれない。
なんだろう?って箱を開けると
爆発したり、生物兵器が出てきたり、サソリなんかが出てきたり…
私はあわてて箱に寄せていた顔を離す。

いや、何も出てこなくても呪われるのかもしれない。開けると不幸になる箱。
拾っただけでもう呪われてしまったかもしれない…
不安になった私は「心配ごとの九割は起こらない」と何処かで目にしたフレーズを急いで口ずさむ。

箱はとても軽い。中からは何の音もしない。
ということは、爆発はない。サソリも入っていない。
生物兵器は分からない。
呪いの線は捨てきれない。
でも「ラムネの音」なのだ。サソリや呪いや生物兵器っぽくないな…

考え疲れた私は、箱を元の場所にそっと戻した。
惜しいことはないだろう。
いたずらの空箱からばこに違いない。

数メートル歩いて振り向くと、私がさっき道端に戻した箱を
小学生の女の子がしゃがんで手に取っていた。
二年生くらいの小さな女の子で、空色のランドセルを背負っていた。
そう、最近の女の子はブルー系のランドセルなこともある。
あ、いや、それより危険!
その箱は呪いかもしれないし毒かもしれないんだから。
私があわてて数歩戻ったところで止める間もなく
女の子はキャラメルの箱をすっと開けた。

そこからは、確かに
小さな透き通るような水色のシジミ蝶がふわりと出てきて
すぐに空気に溶けて消えた。
女の子は何かを聞くように目を閉じた。
私にも聞こえた。
ラムネの音だった。
青い水の中に伝わってくるナイショ話のような
泡のはじけて消える音だった。

女の子は、ほぅと一つ息をつくと、立ち上がって空をみて、また歩き始め、私のほうなどいちべつもしないで去っていった。
女の子の後ろ姿を見つめながら、私はどうして彼女みたいに迷いなく箱を開けられなかったのかと恥じて自問自答した。
(どうして?)
「臆病だからよ」
空に消えたシジミ蝶がそう答えた。

(了)

小牧幸助さんの企画に参加します



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