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村上龍『空港にて』文春文庫

初めての村上龍。何から読んでいいのかわからなかったけど、とりあえず最近どなたかが触れていたこの短編集を。短編のタイトルを並べると、「コンビニにて」「居酒屋にて」「公園にて」などとあるように、様々な場所で起きたストーリーを集めたものだ。どのストーリーにもどこかで海外(たいていヨーロッパとかアメリカ)に出かける人が出る。ひょっとして最後の短編「空港にて」でそれらの人物が全員登場するのかしらんと思ったけど、そんなことはなかった。(全部に国外に出る人が登場するのは、留学情報誌に連載したからなんだって。それで出かける国がアジアやアフリカじゃなくて先進国なのだね。)

最初の「コンビニにて」が新鮮で面白かった。語り手の意識の流れが詳しく語られる間に、コンビニ店内にいるほかの人たちの動きが非常にゆっくりと描写される。まるでスローモーションで映しているように。そのあとの短編もわりと同じ手法なのだが、だんだんスロー具合が減って、ふつうのスピードになっていった。

「披露宴会場にて」では、退屈な披露宴の席にいる語り手の女性が、恋人が自分に語ったことを思い出している。恋人は映画のシナリオライターである。彼は高額のワインを飲み(このあたりのワインの蘊蓄はいかにも男性作家だ)、彼女に、昔の日本人は貧しくてこんなワインがあることすら知らなかったがそれなりに幸せだったこと、しかしその味を知ってしまった今は、そういうワインを飲むこと自体に価値があると思っている者が多い、と語る。そして続けてこう言う。

大切なのは、このワインと同じくらい価値のあるものをこの社会が示していないし、示そうとしていないということだ。(中略)今、こういうワインを飲む人は他人からうらやましがられる。ほとんどの人は、つまり普通の人は、一生こういうワインは飲めない。普通の人は、一生、普通の人生というカテゴリーに閉じ込められて生きなければならない。そして、普通という人生のカテゴリーにはまったく魅力がないということをほとんどの人が知ってしまった。そのせいで、これから多くの悲劇が起こると思うな。

確かに...。これが書かれたのは2003年で、2021年の現在の日本で、悲劇はもうどんどん起きている。華やかなオリンピックの陰でも。


わたしが村上龍を今まで読もうとしなかったのは、一時彼がもてはやされてテレビに出ていたころに見て、あのしゃべり方や容貌がどうにも好きになれなかったからだ。なのでどんなものを書くのか知らないのだけど、もう1冊読むとしたら何を読めばいいだろうか。

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