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潮の香り

 還暦を過ぎたおじさん、晴れた日は片道25キロをロードバイクで通勤する。所要時間90分、途中7キロほどの海岸線がある。これが実に気持ちいい。脚の筋肉の収縮がペダルから後輪へと伝わりロードバイクは風を切る。三半規管がバランスをチェック、脳から補正情報を全細胞に送り出す。その作業を意識から無意識に受け渡し、そして繰り返す。自動運転の実証実験から実用化の段階が目の前に来ていると言っても、これら一連の作業はそう簡単には真似出来ないに違いない。どうだ凄いだろうと威張ってみても、自転車に乗れる人なら誰でもやっていること。
 ただ、もっと凄いのはここからだ。この一連の無意識な運動の最中、目は流れる景色を追い、鼻は口は空気を吸い込み匂いを嗅ぐ。耳は風の音を聞き、皮膚は風の強さや温度を感じて、それらの情報を脳に送る。さらに、地面の起伏はタイヤから振動となり身体の頂きにある脳を揺する。枯れ葉が地面や池を埋め尽くすように記憶の落ち葉が脳内に堆積して、虫に食われたり、千切れたり、向こうが透けて見える形など、一つとして同じ形がない記憶たちが一日の中で一番長い振動で、今日の風の冷たさ温かさ潮の匂い、流れる景色たちを触媒にして撹拌される。もう一度濃い潮の匂いを鼻腔いっぱい吸い込んでみる。思いのほか古い記憶が浮かび上がって来る。やあ久しぶりどこに行ってたの、なんて嬉しくなるような古い記憶たち。時に思い出したくもない辛い記憶たちも見え隠れするが、解決できないでいた問題のちょっとした綻びとの遭遇もあり、ほくそ笑むことしきり。  
 ところが、自転車から降り事務所の階段を駆け上る時には、もうその記憶たちとの邂逅のことなどすっかり塗り替えられてしまう。次に思い出すのは、また次に自転車に揺られ、あの潮の香りを抜ける時なのだ。だから忘れないうちに、この現象だけでも書き留めておこう。

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