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推進力は矛盾か

 朝、うつ伏せの格好で目が覚める。枕元にあるiPhoneのホームボタンを押すと5時45分、7時にセットしている設定を解除、読みかけの文藝春秋を引き寄せて、挟んである栞のページを開く。読みながら寝落ちした行を探す。2ページくらいで昨日までの物語に接続完了。切りのいいところまで読んで微睡んでいると、飼い犬のうみが二階から降りて来て、かみさんのベッドに飛び乗る。かみさんと朝の挨拶を交わしている。それが終わると床にシュラフを敷いて寝ている私のところに来て、いつものように、じーと見下ろして、私に動きがない時は前足で私の顔を撫でる。1度2度と、それでも無視すると、強く顔を引っかかれるので、頭に腕を回してうっちゃると、そのまま私の横に転がって、私が起きるのを待つ。今日も暑くなりそうだ。くーっと叫びながら、固まった身体から抜け出すように起き上がる。まずはトイレ、洗面、居間に戻って、寝転んでいるウミを転がしながらシュラフを畳む。転がされながら喜ぶウミ。台所に行き、電気ケトルに水を入れセットする。コーヒーカップを2つ用意してインスタントコーヒーとクリープ、私は砂糖、かみさんはテンサイオリゴ糖を入れて湯が沸くのを待つ。レンジに大きな焼きおにぎりを一つ、私はトーストをオーブンにセット。一週間分の資源プラを集めてうみと一緒に外に出る。うみは裏庭、私はゴミステーション。戻って、庭にある70鉢のほとんど名前が分からない植物たちに水をやり、メダカやドジョウ、金魚にエビたちに餌をやる。うみを呼び家に戻って、うみの餌とネズミにも餌をやる。かみさんが起きて、着替える服を選ぶ。捨てて欲しいほどに持っているのに、ワンシーズンに着る服が限られている。断捨離を勧めれば勧めるほど、反比例して積み重なって行く。そんな中から厳選して緑色のTシャツを青いTシャツと言ってすれ違う。かと言って白いTシャツを言われると、黄ばんだTシャツならあるけどと惚けてみせる。朝から疲れてしまう。ベッドから車椅子へ移乗、そのままトイレ介助、さきほどセットしていたコーヒーカップに湯を注ぎ、レンジのおにぎりを600ワット1分30秒でスイッチオン、オーブントースターも適当につまみを回す。コーヒーカップをかみさんのテーブルに運ぶと、トイレからの呼び出し音、曲名は「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」が響く。この曲、アンガーマネジメント的に随分と気持ちを救ってくれる曲なのだ。トイレから車椅子への移乗を介助して、かみさんはそのまま洗面と歯磨き、化粧はしない方が肌つやが良くなったと言って最近はノーメイクらしい。違いが分からん。私は台所に行き、おにぎりをかみさんのテーブルに持って行き、焼きあがったトーストを齧りながら居間の自分のテーブルにつき、ふーっと一息。パソコンを起動してSNSやらニュースをチェック。食べ終わった食器を台所に下げると、今日は訪問リハさんが来るから掃除機をかけるように言われる。言われるままに掃除機をかけ、散らかった寝室と居間を整える。続いて、かみさんの髪の毛をセット、櫛を通してゴムで後ろに纏めて、くるくると巻き上げ、何か名前も知らない物で止めて、最後にシュシュを巻いてセット完了、そのまま補聴器の電池を交換して耳にセットする。今日は夢ひこうせんに行く日だと言う。私もバッグに仕事道具の出し入れをして、血圧の薬を飲む。横のかみさんも何やら主治医から処方された薬を忘れずに飲んでいる様子だ。机の上の読みかけの本を見ては、次に読む本をどれにするか検討していると、かみさんの2度目のトイレ介助の声がかかる。オール電化は程遠い我が家は、トイレが一番にヒートアップする。週末の夕方など、汗をぼとぼと落としながら用を足して読書して、一走りした後みたいにエアコンの効いた居間に飛び込むほどだ。それでも今日は盆明けのこの時期にしてやっと暑さが和らいだ様子、大きな掛け声でかみさんを抱えて便座に移乗、居間の飲み終わったカップやら夕べのペットボトル委の空きやらを台所に持って行くと、トイレからのアンジェラの曲が呼んでいる。再び、掛け声と共に移乗介助をする。戻って来たかみさんに靴を履かせて、車椅子のステップをセット、玄関の昇降機を上げて、いつでも玄関から出られるようにする。ドラム型洗濯機から出来上がった洗濯物を取り出して、タオル類を引っ張り出し畳む。靴下やパンツを別の籠に分ける。しわくちゃの洗濯物は次男がいい時に、新兵器のアイロン台でアイロン掛けとセレクトショップに負けないくらいに丁寧に畳んでくれる。
 とまあ、ここまでが毎朝繰り返される暮らしの一場面、軽く冗談交じりで回る日もあれば、重たく罵詈雑言の投げ合いの中で回る日もあって、どちらにしても、かみさんは福祉サービスを受けに、私は提供しに自宅を後にする毎日がこれまでもこれからもしばらくは続くのだ。夜に帰宅すると、また、同じような暮らしがあって、かみさんはサービスを受けて疲れ果て、私はサービスを提供して帰ってもなお、エネルギーに余剰があったりするものだから、疲れ果てたかみさんの大変さを微塵も理解することなく、優しい言葉の欠片どころか、言いたい放題に振舞ってしまう。職場や仕事では利用者さんに優しい言葉しかかけないこととの矛盾を解決出来ないままに、逆にその矛盾こそが生活の推進力だと思い込むことにした。いやいや、中途半端に空いた時間につらつらと、落とし所も考えずに書いてはみたけど、行き着く先はどこなのかな。帰り着くのは家しかないだけどな。

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