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浴びるほどの理不尽

 「俺の酒が飲めないのか。」「こらっ、零すな。酒の一滴は血の一滴だと思え。」組合の青年部、万年幹事で上司の接待、空手道部の先輩と師範との押忍な飲み会の数々、飲めない酒を断る術もなく、飲ませられ続けて、のたうち回った、そんな時期があったなのよ。

 例えばこんなこと、社会人大学の新入生歓迎コンパの一幕。酔いつぶされて寮の部屋に帰った記憶もないけど、ちゃんと自分の部屋の二段ベッドの上に寝ていた。異変が襲って来たのは深夜の2時だと言うのは後で教えて貰った。その異変に押し付けられて身体が動かない寝返りも打てない。酔いさめやらぬ頭にも、一人ではない、何人もの気配が押し殺した笑い声をあげながらのしかかっているのが分かる。目を大きく見開き、全力で身体を動かそうとするも、全く動けない。数人がかりで足、腕、頭と抑え込まれている。マジックの匂いがしたかと思うと、そのペン先が顔中を這いまわり、鼻の穴の中まで侵入して来るではないか。抗う術もなく僅かな時間が経過して、異変たちが一斉に逃げるように去って行った。起き上がり酔っぱらってふらつく足取りで洗面所に行く。鏡を見てびっくり、顔中にマジックで幾つもの卑猥なマークが書かれているではないか。慌てて顔を洗うも、マジックは簡単には落ちない。そのうち皮膚が痛くなって、酔いもあり睡魔に襲われて再び、ベッドに倒れ込む。

 朝、目を覚まして洗面所に行って用を足して洗面書の鏡をみて、夕べ騒動があったことを思い出す。石鹸を使って落とすも顔が真っ赤になるばかりで落ちない。仕方なくそのまま食堂に行くと、新入部員が何人か顔を合わせては指さして笑いあっている。全く落ちてない奴もいる。そういうことか、これが空手道部の通過儀礼か。授業が始まる。教師もこの時期の異変には慣れているようだ。おーやられたかで終わる。夕方、道場に行くと先輩が待っている。抗議するでもなく、ただ押忍、押忍。この挨拶で全てが終わり、全てが始まる。一年が経ち、新入生を酔わせて押さえ込んで落書きをしてやったら、何人かが押忍では済ませてくれずに、真面目に抗議して来る。理不尽の許容範囲が狭くなった。時は新人類という言葉が登場したあたり、新人類同士のグラデーションの中で気持ちが諍う。新しい時代が、生きにくい時代が忍び寄って来たのか。あれから30数年、ほらこんなに大変な時代になってしまったじゃないか。

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