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私は毎日傷ついている

朝起きると流しに汚れた食器がある
洗濯かごに汚れた洗濯物がある
私は毎朝それらを片付ける
それが当然だと思われているのではないかと思うことが、私を傷つける。
私は毎朝傷ついている。

それらを片付けながら子供たちを起こし、朝食を食べさせ、熱を測り、忘れ物がないか確認し、送り出し、下の子を送り届ける


私はとても疲れている。
泣こうと思えばすぐに泣けるくらいに、
情緒は不安定だ。

私は毎夜傷ついている。
上手くいかなかったこと
声をあらげたこと
今日やり終えたかったこと
諦めたことを
布団の中に身体と一緒に押し込む。
夢の中でさえ自分の思うようにはならないが
少しは楽になることを知っている。

繰り返し私は傷ついている。
自分が傷つきやすいことに傷ついている。

時々馬鹿馬鹿しくなる。
考えることに疲れ果て、
美しいものが見たくなる。

何もないただ風の吹く塩湖
断崖から注ぐ滝

世界が私の存在など気にせず輝くことは
何故か私を安心させる。

言葉に付随する匂いに
その手触りに
内包された棘に
いちいち反応することをやめるのは
目隠しをして歩くようなものだ。
この感覚を持って生まれてしまったことを
私の存在意義だなんてうそぶいて
自分らしく生きる、なんて
矜持とも言い訳ともつかぬ思いを胸に 
充電ができなくなったバッテリーのように
日夜赤ランプを照らしているのだ。
照らしているのに気づかってもらえないと拗ねながら。

ああもう眠った方がいい。

私はとても疲れている。
私はとても疲れている。
 
エントロピーは増大する。
片付けても片付けても散らかる。
何故片付けるのは私なのだろうか。
散らかるのが嫌な私が悪いのか。
私の頼み方が悪いのか。
私は悪くないと知ってはいても
徒労は私の精神を蝕む。
襖を閉めるだけで自分の空間を得られる家族を憎々しく思う。
私には許されないその行為を
目の前で易々と行うその軽率さを
きっと私は一生根に持つのだ。
その何物も生まない負のエネルギーは
海の藻屑以下だ。
ピアノに結ばれたロープを思う。
私の一部が今日も海に沈んでいく。

雨の朝
黄昏
死の匂いのするその狭間をたゆたうことが
生を生むことを私は知っている。
何もなかったかのような笑顔を 
あと何回見るのだろう。

とりあえず明日を生き抜くために 
仄暗い洞窟を抜ける。
世界の終わりに似たそこは
厨二病のパラダイスだ。
苦い夢でも現実よりはマシだ。
長いトンネルを抜ける。
膝の上の重い鞄と
栗の花の香りの漂う通学路
川べりの彼岸花
麦畑

ノスタルジーなんか知ったことか。
隣を歩いていた友人はとっくに鬼籍に入った。
戻りたい過去なんてどこにもないのだ。

どうかどうか
私に冷静さを
そうニーバーは祈った
私はどうだろう。

私の世界の終わりには図書館と氷の城がある。
クローゼットの扉の向こうの王国
それは私の地下二階
私が生き延びるために日夜手入れしてきた庭
それは現実逃避という名の解離であり
ライナスの安心毛布そのものだ。

私の持って生まれた冷静さは私を助けてきた。
諸刃の剣を手放すのは死の足音を聞いてからだろうか。

朝日が枕元に差しこむ。
トンネルは今日も崩落することなくそこにある。
いつか、私のトンネルが崩落するその日まで
私が私であり続けることを願う。

なすべきことをなせば
何かいいことがあると言うのだろうか。 
徳を積んでも罪は許されないのか。
そもそも私の罪とは何だ。
そもそも誰かに私を許す権利などあるものか。
誰かに許されたいだなんて思いはもうとうにドブに捨てたのだ。
許されなくても生きている奴をどれほど見てきたことか。
誰かに許されたって楽になんかなりはしないのだ。

優しくない夢に癒されることを甘受し
些細なことに感謝し
ケルベロスを手懐けることにやたらとたけてくる。

ああ吐き気がする目眩がする鳥肌がたつ
修行なら目的を
答えを
正解を 
パンドラの箱なら希望を

空に放たれた願いに一縷の望みをかけ
また私は今日を始めるのだ。


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