木菟 mimizuku

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しがないギター弾きの詩

しがないギター弾きの詩  鷲巣は、絵里と永野が立ち上がるのを横目に蒼子を見ていた。この数十年を、振り返りながら・・・・。  鷲巣は若い時に顧客を全く抱えておらず、経済的に苦労した時期があった。若い時から何かと、「口の利き方」を指摘される男であった為である。兎に角若い時から、生意気だとか失礼な奴だと言われていた。 そんな時に、ある知人に紹介されて「神の声」の幹部と親交を結ぶ事になった。幾つかの会社を紹介してもらい、それ以降仕事も軌道に乗り出したのだ。それを機に、鷲巣も入信する

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      選べない未来(後編)  蒼子には、蒼子の事情があった。蒼子は、誓約書に署名捺印しておけば智久は黙るだろうと鷹を括っていた。鷲巣と準備をしていた、智久には内密に計算された相続分割を敢行出来るものだと。しかし実際は、思惑と正反対となる。 資産総額を隠している事に智久が執拗に異を唱え、会社の名義変更に執拗な印鑑証明書も母・絹子の銀行関係の書類も提出を拒んだのだ。鷲巣曰く、母・絹子の最終的な口座残高が必要なのだと言う事だった。鷲巣の尽力により、大体8対2の割合での遺産相続割合になっ

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        選べない未来(中編)  九月も終わろうとしていた頃、鷲巣会計事務所から分厚いレターパックが届いた。絵里はポストから取り出して、部屋に戻ると智久に電話をかける。 プルルル・・・・プルルル・・・・ 『もしもし、な〜に・・・・如何した?』 『鷲巣会計事務所さんから、トモ君当てに分厚いレターパックが届いてるよ。』 『ふ〜ん、二週間以内に送れって言ってたのにな。遅くねぇ?』 『まあ良いんじゃない?取り敢えず、中身を確認してからって事で。これって、税理士の・・・・鈴木さんだっけ?そのま

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          選べない未来(前編)  残暑厳しいとある日の琴美家に、一本の電話が掛かる。蒼子は、二階で子機を取りゆっくりと階段を降りながら応えた。 『もしもし、琴美でございます。どちら様でしょうか?』 ゆっくりとした語り口で、若干の太々しさを感じながら相手は返した。 『私、琴美智久さんから依頼を受けております。税理士の、鈴木と申します。』 『税理士の、・・・・・鈴木さん。』 『はい。先日お手紙でお知らせしました通り、相続税の件で、琴美様御姉弟の納付までのお手伝いをさせていただく事になりま

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          幸と不幸(後編)  迎えた八月十四日、智久は朝八時の便で故郷へと向かう。渋滞に巻き込まれる事なく、実家には十時半前には到着出来た。インターホンを押し蒼子の応答を待つと、意外な事に待たされる事なく中に入る事が出来た。チャロの手荒い洗礼を受け、先ずは仏壇に手を合わせる。そして、面倒な事は先に済ませようと智久が切り出した。 『十三時にはお寺さんに行かなければならないんで、サッサと誓約書の方を済ませましょう。』 そう言って、テーブルに誓約書を差し出した。 『内容を確認して、納得して

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          幸と不幸(中編)  色々な感情を抑えて、智久は機上の人になっていた。忌明けの為の帰郷で、日帰りの弾丸日程である。正午の予定で納骨を済ませ、その脚で蜻蛉返りをして帰京する。 だが飛行機の時間上、二時間程蒼子と話す時間がある。二時間で全てが解決する筈はないのだが、智久には必ず確認しなくてはいけない事が幾つかある。それ次第で、今後の関係が決まるだろう。そんな思いを抱いて、智久が乗る飛行機は故郷へと向かっていた。お寺さんとは、琴美家の墓がある霊園での待ち合わせになっている。蒼子も霊

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          幸と不幸(前編)  帰京した智久は、幾つかの解約手続きを済ませて日常の生活に戻っていた。帰京して数日が経ったある日、帰宅した智久に絵里が改まって話しがあると言ってきた。 『何?・・・・・如何したの?』 『うん、・・・・お母さんが亡くなって大変な時期だと思うんだけどね。』 『・・・・・うん。』 俯き加減に話していた絵里が、智久の眼を見て言った。 『赤ちゃんが・・・・・、出来ちゃったんだよね・・・・・。』 そう言うと、絵里は目を瞑ってまた俯いた。母親の葬儀が終わり、帰京して間も

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          虫螻(後編)  翌日智久は、初七日の法要を終えて実家を出た。午前中に、携帯電話の解約を済ませてゆうちょ銀行の口座の解約をする為にである。地方銀行が二つに、ゆうちょ銀行と母親の口座は全部で七つあった。地方銀行の予約は取ってあり、東京支店での解約手続きになるので残りを午前中に終わらせて鷲巣会計事務所に向かう予定だ。 蒼子とは直接話す事もなく過ごしており、何故昨日鷲巣会計事務所にいたのかも解らないままだ。只今回の会社継続の件で、鷲巣が蒼子の取る行動に影響を与えたのは間違えないであ

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          虫螻(前編)   水を得た魚の如く、蒼子は勢い良く話している。普段の不貞腐れて無愛想な蒼子は影を潜め、信じられない程の笑顔で朗らかに説明をしている。智久は説明を聞きながら不思議に思い、蒼子の差し出した資料に目を向けた。そして、書類を読み進めながら心の中で囁いた。 「これは最初から、会社の閉鎖をする事なく準備されていたものだ。」 そして蒼子の説明も、絹子が如何いう風に言っていたとか関係なく進められる。智久は蒼子の説明を一通り聞き、蒼子の目を見て聞いた。 『お袋が言っていた話し

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          地獄の釜の蓋(後編)   十八時になり、二十人位の弔問客を迎えて通夜が執り行われた。智久は、席に着いて物思いに耽った様に宙を見つめていた。父親の時にはなかった、虚無感を抱いていた。父親に対しての感情が薄かったと言うよりも、黄泉へ旅立つ順番の差であろうと思う。母の死と共に、頼れる何かを失った感じが襲って来たのだ。 父親の時には、「まだ、お袋がいるから。」と言う気持ちがどこかにあったのであろう。ただ母・絹子を失った事で、帰る故郷が無くなった感覚を感じていた。  通夜が終わり十年

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          地獄の釜の蓋(中編)  母・絹子の遺体を乗せた搬送車を見送った後、智久は担当の白石と打合せの続きをしていった。 『お通夜は、十八時からになります。ですので、十五時迄には式場の方へいらっしゃって下さい。それでは、私は準備が御座いますのでこれで失礼致します。』 そう言うと、白石は深々とお辞儀をして式場へと向かった。 智久は父方と母方の親戚に、母が亡くなった旨を連絡する電話を始めた。リビングで数件の電話を終え、チャロをあやしながら溜め息を吐く。すると、蒼子の電話している声が微《か

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          地獄の釜の蓋(前編)  蒼子にとって智久は、いつも々忌々しい存在であった。子供の頃から、いつでもそうであった。どんなに勉強して良い成績を取ろうが、どんなに褒められる存在であろうが変わらない。いつも褒められて、人に好かれるのは弟の智久であった。 何が原因なのかは解らない。だが何故か親や親戚の話題になり、好かれるのは智久であった。蒼子には、それがいつも許せなかった。努力をしてその結果がどんなに良くっても、誰も自分の事など見向きもしてくれない。蒼子は、いつもその無慈悲な現実を味わ

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           其々の決意(後編)  火曜日の朝、智久は少し寝坊して自宅を飛び出した。昨夜遅くまで、引っ越すにあたっての段取り等に夢中になってしまったのだ。絵里も含めて三人で暮らす事に、心弾ませながらなのであっという間に時間が過ぎて行くのだ。 『ヤッベェ、明日から休むのに今日遅刻したら洒落になんねぇじゃん。』 『ゴメンねぇ、あたしも一緒に寝坊しちゃった。』 『あはははっ。そりゃそうだよ、一緒に遅くまで起きてたんだからさ。』 『明日から休むからって、責任感感じて無理しちゃ駄目だよ。トモ君は

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          其々の決意(中編)  智久に掛かってくる絹子からの電話の本数は、日に日に増えていった。体の怠さが酷くなるそうで、体の不自由さと蒼子との不自由な生活でストレスが溜まっているのだ。最近は特に腹部に水が溜まってきて、あまり動けなくなっているらしい。母の部屋は二階にあるので、一階に降りなくてはならないトイレさえも面倒になってきているのだと言う。そんな状況にも拘らず、蒼子は何にもしてくれないと言うのだから困ったものだ。本来ならば姉さんも大変なんだと庇うのだろうが、最近蒼子と一悶着あっ

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          其々の決意(前編)  突然の電話で衝撃を受けた智久は、その場に立ち止まったまま動けずにいた。 『アンタァ〜聞こえとるとねぇ?』 絹子の声で我に返り、智久は謝りながら返した。 『んぁ〜、御免々。そいで?』 動揺する智久に、絹子は優しく話しかける。 『アンタが動揺してどがんすっとね(どうすんの)?』 『んっ、おっ・・・うん。』 『私は、とぉっくに覚悟しとったけん。』 『うん。・・・・っで、明日から入院すっと?』 『そいが余命宣告した後の患者は、大学病院には入院出来んとげな。』

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          余命宣告  大型連休も終わり、智久はいつもの慌ただしい日常に戻っていた。そんな中、一息吐こうと仕事帰りに近所の地鶏料理屋に立ち寄る。以前よりたまに立ち寄っていた店なのだが、母・絹子の闘病生活が始まってからは寄らなくなっていた。店に入ると、奥の方から絵里が智久に手招きをした。 『トモ君こっちこっち。』 智久は、軽く微笑んで手招きをする絵里の下へ向かった。 『お待たせ。ごめん絵里ちゃん、遅くなっちゃった。』 『いいよ、全然。私も、今来たばっかりだから。取り敢えずトモ君の好きな鶏

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