恋愛とグーグルカー

うつむいて歩いていたんだって
昼下がりのビル街で、
少し先を歩く人への
言葉にできない気持ちに
押しつぶされそうになりながら。

仕事の時は、忘れているんだって
恐ろしいほどよく切れる
その人の役に立ちたくて、
役立たずと思われたくなくて、
一生懸命、考えていたから。

仕事と仕事のはざまの時間
どっちつかずの気持ちを持てあまして、
ふと道路を見たら、
グーグルカーが信号待ちで、
停まっていたんだって。

それで彼に言ったんだって
「グーグルカーですよ!
 ねぇ、写真を撮って!」

仕事では決して迷わないその人が
柔らかな、困ったような表情を浮かべたのが
とても愉快だったんだって。

それから、慎重にスマホを構えて近づいてゆく
彼のあとにくっついて彼女も、
グーグルカーに近づいていったんだって。

すぐに信号は青になり、
グーグルカーは行ってしまった。
だけどね、と彼女は私に言う。

あの日、あの場所のストリートビューのデータには
きっと私と彼の姿が写っている。

10年経っても、100年経っても、
たとえ人類が滅びても、
データサーバさえ生きのびたなら、
あの幸せな時間が永遠に存在するの。

「…それで、その彼とはどうなったの?」
と、私は尋ねたのだけれど、
彼女はニッコリするだけで、教えてくれなかった。

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