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密度

この記事を書きだしたのは私がまだ日本にいる時で、この今瞬間に感じたことをスウェーデンに戻ってきてから投稿する前提で残しています

スウェーデンに移住して日本に一時帰国するのはこれで2回目です

前回、今回を通じて気づいたことがあり、またそれが今後に活かせそうだったので記録として残すことにしました

まず1つめ
◯必要な買い物についてオンラインで済むものはオンラインで!
◯SNSはなるべく見ない!(損得勘定に惑わされない!)
◯予定は隔日で決める
◯行く前に食べたいものリストを作らない

と、具体的な項目も挙げてみましたがこれらを挙げるにあたり大まかな気持ちが根底にあることに気づきました、、というか前回も思ったこと
【私、やっぱり前のように日本に住めない】です
この気持ちが家族や友達と会えない寂しさに勝る大きな要因です
もし日本の田舎、コンビニまで車で行かなければいけない場所に住むなら大丈夫かもしれませんがそれぐらい私の気持ちは揺るがないものだと気づきました

と、ここからはスウェーデンに帰ってきてから続きを書いていきます

日本から帰ってきてから約一週間が経ちました
帰国より翌日のことなのですが、とても幸運なことにスウェーデンでの大学に合格し来年よりかねてから希望していたことを学ぶ歓びに満ちた時間を過ごすことができていました
またこの話はどこかで…..♪

そして、今とても驚くほど気持ちが落ち着いています
でも、家族や友達を懐かしく思う気持ちが消えたわけではないので
すごく複雑な心境でもあります

日本滞在中に書いていた日本に住めない気持ち、、、
この理由を書けるところまで書いていこうと思います

パッと思い浮かぶ理由は
人との物理的な距離感が近い、パーソナルスペースがすごく狭い

これは1回目に一時帰国をした時にも感じたのですが、自分に関係のある人達を除いての人との距離感、特に物理的な距離感がとても近くそれが故に自動的に他者の存在を思考の中に入れてしまうサイクルができていることに気づきました
私の感覚で説明すると、たまたま電車の前に座った人が視界に入ると
『あー、あの人の化粧(髪型)素敵だな』
『あー、あの人このブランドのカバン持ってるんだ』
終いには『あー、あの人の今日の晩ごはんなんだろ』という本当にどうでもいいこもとまで頭に浮かんでしまいます
それは逆にいえば自分に意識が向かなくなり、自分でコントロールすることができないことが最終的に自分に向き化粧品、髪型、ブランド、他人の私生活を考えてしまうのです

これが本当に本当にしんどかった

すごく不思議なことなのですが、スウェーデンで公共交通機関に乗って他者と出会ってもこの思考は生まれないのです
むしろもっと無に近く、無でなければ『今から音楽何聴こうかな』とか『本持ってきたから本読もうかな』とか意識は自分に向いたままなのです

だからなのかわからないけど、SNSを見ても何も感じないというのあります
他者は他者、私は私 みたいな
たとえスウェーデン内で可愛いものや流行りのもの、美味しい食べ物を目にしてもそれらを得なければという欲求が一切湧かないのです
生活にこの感覚は本当に必要なんだと今ジワジワと実感しています

また別に、帰ってきてからこんなことも気づきました
クリスマスはスウェーデンでは1年の中で1番大きくて大切な行事
それに伴い人と会う機会も増えていきます
また有り難いことに日本人コミュニティにも恵まれているため日本人ならではの忘年会のような感覚で集まる機会も増えます
スケジュール帳を記載していてふと【何もしない日】をいかに作れるかを考えてしまいました
これは本当に以前の自分ならあり得なかったことです

と、考え出すとキリがなくなってしまいそうなので今日はこのあたりで終わります

最後まで読んでくださりありがとうございました★
Hejdå!




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