『諸葛亮から学ぶビジネスのすべて』12月8日あたりに考えたこと
日本酒が売れない理由の一つに単純に量が多すぎるということがあると思う。四合は多すぎる。とはいえ小分けにすればするほど売値にバッケージ費の占める割合が増えて悩ましい。
あと、日本酒は味の好き嫌いの基準は一人ずつにあって、万人に受ける酒はないんじゃないかと思う。これは日本酒だけではないが。
そして、その味の好き嫌いを評価するスケールが明らかに『甘辛』(日本酒度と酸度?)ではないところにも問題があると思う。
日本酒度と酸度で評価していないのに、商品説明に日本酒度と酸度を表示されても困る。あと純米かどうか、大吟醸かどうかも。同じく。
このあたりってAI的な解決がありそうな世界ではあるが。
大吟醸よりも吟醸のほうが美味しい可能性あるなと思う。ちゃんと作るのなら。もちろん大吟醸のほうが基本的に高く売れるので、コストをかける余地があり(それを前提に米を磨いているのだろうが)、より丁寧な作りになりやすいのだろうが。磨いて落とした要素が日本酒の旨さを生んでいる可能性はあると思う。
暗号資産の根源的価値はグローバルアクセシビリティにあり、その価値は高い、という私の立場からすると、暗号資産の分散管理性は価値がなく、デジタル性にのみ価値を認めている。その観点では、暗号資産はCBDCに駆逐される運命にあると思われる。
最近漫才師のYouTubeをよく見る。令和ロマン、真空ジェシカ、ダイヤモンド。ツッコミがスタイルを確立していることが重要なのかもしれないと思った。
私のchatGPT君、プログラム書いてくれないし、詩も読んでくれないし、校歌も歌ってくれないんですけど。
世の中は嘘つきばかりだな。
テレビが4K対応になってから、映画の画質がしょぼく(チープに)感じられて驚く。なんだか精密になったことでペラペラになった感じ。曖昧さに重要な部分があることを知った。
共和党支持者(の一部)がハンターバイデン(バイデン大統領の息子)の行動に執着しているのは、彼らの中に父は息子の行動に責任を持つべきだという倫理観があるからなんだなと思うと、自分とは腹の底からわかりあえない価値観だと思う。
諸葛亮の第4次北伐のこと調べてたら、諸葛亮は軍事も天才的だったのかもしれないと思えてきた。
諸葛亮は敵地での麦刈りをやっているのですが、これは食料の現地調達という意味以上に、祁山への司馬懿の引き込みと合わせて、魏の食料補給を困難にする(総論的な北伐における蜀側の弱点を魏の弱点とする)意味があったと思うのです。
これ、本当に、『諸葛亮から学ぶ交渉のすべて』だと思う。
歴史からビジネスのスタディを得始めたら立派なおっさん。
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