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にせもの

「ねえねえ、知ってる?」

「えー!なあんだぁ…騙されたー!」


きゃあきゃあ騒ぐ女の子たちの嬌声を、薄曇りの空を見ながら窓際でぼんやり聞いていた。


毎年この日に交わされる、たわいのない話。

ほんのささいな嘘を楽しんで、エンタメとして消費できる彼女たち。

休みのあいだに家族で楽しんだ、フィクションのある一日。



ふうん。

そうなんだ。


心のなかで静かに相づちをうつ。




嘘をついてもいい日、ってなんだよ。




息を吐くように嘘をついて生きているわたしに、わざわざそんな日は必要なかった。


この日にふさわしい、いい感じの嘘、をつこうとしてもいつもうまくいかなくて、なんとなくみんなの輪から離れて遠くを見ていた。



ねえ、知ってる?


ひとが嘘をつく時って、逃げたい現実があるからなんだ。

自分の心に嘘をついて、目の前の現実を否定していないと生きていけないんだよ。


そういうヒリヒリした嘘じゃなく、カジュアルに、一日だけのエンタメとして嘘を楽しめるあなたたちが、ほんとうはずっとうらやましかった。


向かいの校舎ごしに海が見える自分の席で、本を開く。

フィクションの世界は、どこまでも自由だ。


そこではわたしは余命僅かな美少女だったり、中世の騎士だったり、場末の酒場の片隅で酔いつぶれていたり、する。

仲間を引き連れて冒険に出かけたり、想いが遂げられないことを儚んで身投げしてみたり、舞台の上で華麗に舞って喝采を浴びていたり、する。


どんなわたしになれるかな。

どんなわたしでいたいのかな。


空想の翼はどこまでも、広げることができる。



嘘、と空想、の境目を行ったり来たりしながら、いつかそんなあわいの世界を紡げるひとになれると信じていた。




この日が来るといつも、想い出す。


ビルの間から見えた港と、遠い空。




息を吐くように嘘をつく、にせもののわたし。


サポートというかたちの愛が嬉しいです。素直に受け取って、大切なひとや届けたい気持ちのために、循環させてもらいますね。読んでくださったあなたに、幸ありますよう。