マガジンのカバー画像

わたしのこと

166
わたし、を見せるのが一番苦手な私。少しずつ、ぽつぽつと、語っていこう。リハビリみたいな気持ちで。
運営しているクリエイター

#育児

おかあさんのわたしとただのわたしと

noteでことばを綴りはじめて今月で2年目に入った。 はじめたばかりのなにも分からない頃は、とりあえずnote運営のおすすめを参考にたくさんのひとのnoteを読みまくった。 憧れのnoterさんの投稿を追いかけて、このひとスキ!ってなにも考えず衝動のままにコメントして、思いがけず温かい返事がもらえて舞い上がったり、自分の投稿にスキがだんだんついていくのがとにかく楽しかった。 そのうちみんながコメント欄だけじゃなくてもっと密にやりとりしているらしいTwitterにも手を出

上京ノスタルジー

このところ少しずつ以前の“日常“を取り戻しつつある、街の景色。 5月も半ばを過ぎた頃、夫の住む街に用ができて、家族揃ってひっそりと移動してきた。 5年前までみんなで住んでいた、トウキョウに近いこの街に。 ーーーーー わたしがはじめてこの街に来て、ビックリしたこと。 水道水の塩素、すごい。 食器を洗って伏せておくためのカゴにびっしりと白い跡がつくのを見て、トウキョウってコワイ、と思った。 そんなわたしが上京してはじめて見つけた仕事は、家庭用ウォーターサーバーの営業

しあわせの香り

近頃、娘がとてつもなくかわいい。 というだけの、おもしろくもなんともない、お話。 ーーーーー うちの娘はわりと早い段階からおしゃべりで、歩くより先にペラペラといろんなことをしゃべっていた。 私もそうだったらしいし、うちの母もほっといてもひとりでしゃべっているタイプだから、これはきっと母方の遺伝だろう。 身体が小柄で運動能力は同級生に比べると低いのに、口だけは立派に一人前で、しかも内弁慶だった娘は、幼い頃はとにかく可愛げがなかった。 少なくとも私にとっては。 イヤ

あの頃、戦場を共に走り抜けた友たちへ

2年ぶりの夏祭りだ。 辛うじて急行が停まることくらいが取り柄の私鉄の駅から、さらにバスで10分。古い集合住宅と新たに増えつつある高齢者向け住戸が立ち並ぶ、どこにでもあるような街並みの一画にある、だだっ広い公園。 特に待ち合わせをしたわけでもないのに、いつもの場所にシートを広げて、彼女たちはそこにいた。 「久しぶりー!元気だった?」 「まあ、とりあえず座りなよ!ビール?チューハイ?」 クーラーボックスからさっと取り出される冷えた缶ビールと、近くのスーパーで買ってきたパ

ここにしかない、つながり

noteという世界に足を踏み入れた。 それまでも、いろんな居場所はあった。 活字中毒だったかつての私は、大人になってどこへでも自分の足で出かけられるようになったからか、いつのまにか本を必要としなくなり、自分の目で見て、手で触って、確かめられるものしか信じなくなった。あの頃、とてつもなくまぶしく輝いてみえた本が連れて行ってくれる世界より、現実として自分の手でつかめるものに夢中になった。 そうやってたくさんのものを手に入れた私のもとへ、ある日こどもがやってきた。それから、私

オバサンのイヤイヤ期

こどもというのは、とかく騒々しいものだ。 自分に娘ができてはじめて、こどもってなんてうるさくって激しくって、熱量の大きないきものなんだろうと、心底驚かされた。 感情の振り幅がとてつもなく広く、気分がジェットコースターのようにめまぐるしく変化する彼女は、毎日朝から晩まで全力で生ききって、死んだように眠りにつく。 なんてダイナミックな人生を生きているんだろう。 私はかつてこんなに一日を全力で生きたことがあるだろうか。 でもきっと、みんな自分のことは棚に上げて、すっかり大