全ての性器が着脱可能になった世界の純猥談

これはわたしが、大好きだったひとをあきらめた話だ。

わたしが好きになったひと(以下「先輩」)がML5型であるとわかったのは、サークルの飲み会の三次会で友達と別れ、なんとなく先輩の家に一緒に向かったあとだった。

あんなにがさつな性格なのに先輩の家はきれいに整理されてて、カートリッジ一式が本棚の空いた部分にキチンと詰め込まれていた。先輩が冷蔵庫から出してきた、大学生がよく飲むような、4〜5時間はアルコール分解を阻害するかんじの混ぜ物の安酒をふたりであおり、映画を見ながら、わたしと先輩の会話はだんだんそういう話題が増えていった。

映画が終わるころだった。突然先輩が私の上におおいかぶさってきた。先輩は自動加亜分泌の機能をオフにしていたのか、アルコールや汗のにおいが直に感じられた。わたしはいやな気にはならなかった。なんとなく、ああ、このままやっちゃうんだろうな、としか思わなかった。
でも先輩が下着(Bライン法違反のインドネシア製のパンツ)を下ろしてすぐ、わたしはその違和感に気づいた。

「先輩、ML5型だったんですか」

先輩はなにも言わずに、わたしに顔を近づけて上半身にキスをした(身体部位を指す用語は形骸化していたが、このような言い方はいまだに有力であった)。もしかしたらわたしの見間違いかもしれないと思った。でもしばらくして先輩は言った。

「そうだよ。俺、ML5だけど」
「なんでなんですか」
「なんでもいいじゃん」

わたしの問いはずっとはぐらかされた。もうそういう雰囲気にはなっていたが、友達がMLの男と付き合っていた時にずっと愚痴を聞かされていたので、なんとなくいやだと思うようになってしまっていた。
先輩がMLだったなんて…わたしは、先輩が起動の遅いML5の注入口に割定剤を突き立てているあいだ、自分のTR2(先週新しくしたばかり)をなんとなく撫でていた。恐怖はなかったが、べつにMLにむらむらもしなかった。
先輩のMLはなかなか起動しなかった。割定剤もぜんぜん目減りしてなかった。

「くそっ、早く動けよ」

先輩は小声で苛立っていた。

「無理しなくていいですよ」
「無理してない」
「先輩アモニーがもう4人いるじゃないですか。わたし別に先輩のアモニーにならなくてもいいです」
「──(わたしの名前)はアモニーじゃないよ。アモニーは割定剤の消耗スピードを速めるんだ。もうアモニーが増えたところで俺が損食うだけだって」

先輩のMLはまだ起動しない。

「わたしをアモニーにしないのは割定剤が減りやすいからってだけなんですか」
「違う。──はそんなんじゃない。それにアモニーとはもう飽きたんだよ。けっきょく相手に都合よく加油調整しなくちゃいけないのが本当につらい」
「加油調整ってそんなつらいんですか」
「当たり前だよ。そんなんも知らないの?まあしょうがないか」

MLがやっと起動した。それに合わせて割定剤も注入が進行する。先輩がMLを握りしめて、わたしにも割定剤をピンプするよう言ってきた。

「わたしTR2なんでいらないですよ」
「TRってそうなの?てか2も出てたんだ。マップルってほんとに新しいのポンポン出すよな。んでTR1使ってる奴はゴミなんでしょ?どうせ俺もゴミだよ」
先輩はアルコールが回りきっているのか自暴自棄になっていた。
「べつにゴミとか思ってないです」
「──が思ってないとかそういう問題じゃないよ。もっと全的なことなんだよこれって。けっきょくみんなカネの話。××(わたしのサークルの代表)はアモニー作ってないとか言ってるけど絶対嘘だよ。ああいう奴ってオモテでは男とか女は古いとか言っときながら女ばっかアモニーで囲ってるからね。俺はマジでどうでもいいけど。あいつってたしか親が改贅庁の役人なんでしょ?いかにもだよな。新浜から出たことがない奴らはいっつもああだよ。かわいそうになる。テクノロジーは新しい差異体系を生み出すだけなんだ。最初はあれだけたくさんあったジェニタルモードも男/女の区分を再生産するだけで終わったし、…」

先輩の話は長かった。友達の話を思い出しながら、ML5を持ってる人が言いそうなことだな、と思っていた。
先輩が話しているあいだに、先輩のMLは割定剤がどんどん潤いをなくしていった。先輩は泣いていた。

わたしは先輩をあきらめた。わたしは先輩よりも、先輩のML5で自分のTR2が錆びつくのがいやになってしまうことを選んだ。あのとき先輩を受け入れてたら、いまのわたしはどうなってたんだろう。いまでもわたしは、先輩のキズだらけのML5をたまに思い出す。

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