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京都『へんこつ』 ディープな街のディープな夜

私の長年の夢は、つい先日
なんともあっけなく叶えられた。

約25年前、脳内出血で急死した父の職場へ
荷物整理に行った帰り、
母とふたり立ち寄った京都駅近くの『へんこつ』への再訪
という願い。

父が好んで通っていた「大鍋食べ処」
薄暗い店内で母と肩を寄せあい
煮込み料理を食べたことをうっすらと覚えている。

亡くなる7年前に交通事故で片目を失明していた父は
なんとか職場復帰して管理職にはついていたものの、
「正直なところ、あまり仕事にはなっていなかった」と
葬儀の後に同じ職場の人から聞かされ……
娘としては、もちろんショックだった。

京都中央郵便局、父のロッカーの中を整理しながら
私の視覚と嗅覚が捉えたものは記憶にあるのに、
その瞬間の気持ちは思い出せない。

人は極限状態に置かれた時、
自分を保つために心を凍結させる術を身につけているのだろう。

「感じない」
自分が生き延びるために。

成人式を終えてすぐに父を亡くした私は
45歳になった。

47歳で未亡人となった母、
59歳で他界した父。

どんどん年齢は近づいていくのに
いまだに父のことをよく知らないままの私。

数年前、ふと思い立って一人で『へんこつ』を訪れてみた。
そこへ行けば、生前の父の気持ちが少しでもわかるのではないかという
淡い期待を込めて。

勇気を出して
重い扉を開いてみると、
言葉を発する前に
しっしっと門前払い!!!

・・・・・・

現代の日本でこんなことってある??

そんな目にあったことのなかった私にとっては
かなりのショックで、
ある意味トラウマ的な出来事だった。

「一見さんお断り」「女人禁制」
であることを知ったのは後日。

どんな経緯で、私と母はあの日
お店へ入ることができたのだろう。

・・・・・・

あれからことあるごとに、
もしかしたら?と思う人には

「京都駅近くの『へんこつ』っていうお店、行ったことありますか?」と
聞いてみたものの
私を一緒に入店させてくれるような該当者は皆無。

それがつい先日、
「行ったことがある」という救世主のような方が現れて
「自分は常連ではないけれど、一緒に行ってみますか」と
提案してくださったのだ。

25年ぶりに入る店内は、
私が記憶していたよりもずっと明るく広々としていて
なんだか拍子抜けしてズッコケそうになった。

だってもっと穴蔵みたいなところを想像していたから。
人間の記憶力なんてものは、本当にあてにならない!

「女人禁制」が解かれたのは
つい最近のことらしい。

ここだけ聞くと、「なんと時代錯誤な!」となりそうだが、
実際に身を置いてみると
きっとここは「男性にとってのサンクチュアリー」なのだと
肌で感じた。

男同士、冷えたビールを片手にドロドロに煮溶けたサルベージをつつく。
大口を開けて肉の塊に食らいつき、
女性の前ではできないような会話に遠慮なく花を咲かせる場所。

弱音を吐いたり
嫁の愚痴を吐露したり
異性の目を気にしては出せない
自分本来の姿を安心して曝け出すことができる店。

女性専用車両や男性入店拒否のお店は普通にあるのに
女人禁制となると途端に性差別となるのも
よくよく考えてみたらおかしいのかもしれない。

・・・・・・

父はここで、胸の内を誰かに伝えることはあったのだろうか。
語り合える友はいたのだろうか。

今となってはもう
知る術はない。

父が大好きだったKIRINビール、
私も最近やっとビールの美味しさがわかるようになったよ。

ほろ苦きかな、人生。

泣きながら、笑いながら
命ある限り
人生の奥深さをとことん味わい尽くしたいと感じさせてくれた
『へんこつ』の煮込み。

ディープな街のディープな夜、
この世にはまだまだ私の知らない世界があることを
思い知った夏の日。

Tさん、ありがとうございました(^^)




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